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大阪地方裁判所 昭和35年(ヨ)493号 判決

判  決

ドイツ連邦共和国ルドウイヒスハーフエン・アム・ライン

申請人

バーヂツシエ・アニリン・ウント・ゾーダ・フアブリク株式会社

右代表者・取締役

ヘルマン・クレーベル

同・同

ミカエル・ハン

右申請代理人・弁護士

柳井恒夫

右申請復代理人・弁護士

沢誠二

大阪市北区宗是町一番地

被申請人

積水化学工業株式会社

右代表者・代表取締役

上野次郎男

同所

被申請人

積水スポンヂ工業株式会社

右代表者・代表取締役

上野次郎男

右被申請人両名代理人・弁護士

清瀬一郎

同・同

石田文次郎

同・同

内山弘

同・同

品川澄雄

右当事者間の昭和三五年(ヨ)第四九三号仮処分申請事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、申請人の主張

(申請の趣旨)

申請代理人は「1. 被申請人等は別紙添付の被申請人等が配付した印刷物に記載してあるスチロピーズという商品名の発泡性ポリスチロールの微粒物、これを予備発泡させた小球を製造、販売、頒布をし、または右に関し広告その他の宣伝をしてはならない。2. 被申請人等は前記発泡性ポリスチロールの微粒物またはこれを予備発泡させた小球を材料として右印刷物に記載した使用方法、すなわち申請人の特許第二五二、一二〇号の特許請求の範囲に示す方法により多孔性成形体を自ら製造し、または他人に右方法による製造勧告説明し、またはこれの販売、頒布をし、広告その他の宣伝をしてはならない。3. 前項の各物件、およびその広告用印刷物に対する被申請人等の占有を解いて、申請人の委任する管轄地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は右物件を封印その方法により、その使用、販売、および頒布ができないようにしなければならない。」との判決を求め、その理由としてつぎのとおり述べた。

(申請の理由)

一、申請人は、西独ライン河畔ルドウイヒスハーフェンに本店を有し、有機化合物の合成物質を製造、販売する会社で、現在、化学工業界で広く利用されているアムモニア、合成インジゴ染料(人造紺色染料)およびポリスチロールのような合成物質を初めて工業的に製造し、ドイツを始め主要工業国の特許を有し、近代化学工業の先達として、また化学工業界の国際的権威として知られている。

被申請人積水化学工業株式会社(以下被由請会社積水化学という)は、大阪市北区宗是町一番地に本店を有し、合成樹脂製品、医薬品の製造、販売、化学工業製品の製造、加工ならびに売買、および計量器の製作ならびに売買を目的とする会社であるが、業界においては、プラスチックの加工会社として知られている。

被申請人積水スポンヂ工業株式会社(以下被申請会社積水スポンヂという)は、被申請会社積水化学の子会社として昭和三四年一〇月一日施立され、同被申請会社と同一場所に本店を有し、その代表取締役も両会社同一人であり、プラスチックスポンヂの製造、加工ならびに売買を目的とする会社である。

二、申請会社は、スチロポールという登録商標のもとに発泡性ポリスチロールの微粒物を販売し、更に右微粒物は申請会社の発明した方法によつて成形体に製造されている。この発明した方法は、申請会社の本国ドイツにおいて特許を得ているほか(第九四一、三八九号および第九五三、八三五号)、米国(第二、七四四、二九一号)、英国(第七一五、一〇〇号)、カナダ(第五三二、三一五号)、その他豪州、スェーデン等の工業主要国において特許を受け、わが国においても昭和二八年九月一六日特許出願、同三三年四月二五日公告、同三四年五月二一日特許第二五二、一二〇号として登録され、申請会社は右発明の特許権者である。

右特許第二五二、一二〇号の発明(以下本件特許、本件発明ないしはバーヂツシェ法特許と略称する)は、特殊の「熱可塑性人造物質」(プラスチック)から「多孔性人造物質の成形体」を製造する方法に関するものである。「熱可塑性人造物質」とは、これを熱すれば軟化し、その後これを冷却すれば硬化する性質を有する合成樹脂をいう。ポリスチロールも熱可塑性人造物質であり、このポリスチロールの長所とするところは、耐水性を有し、老化し難く、化学変化に耐えるのみならず、優れた電気絶縁性を有することで、従来は日常品例えば家事用品とかくし等の製造に用いられていた。つぎに、「多孔性人造物質」とは、熱可塑性人造物質の内部に多数の気泡を有する物質である。その各気泡は、殆んど気密の隔壁によつて外部の空気から遮断され、かつ、弾力性を有しないものである。

本件特許は、このポリスチロールまたはこれに類する熱可塑性人造物質を材料として「多孔性成形体」を所望の形にしかも簡単かつ有効に作る方法に関するものである。

三、多孔性人造物質から作つた成形体は従前においても公知であつた。しかしながら、その製造方法は、まず多孔性ではあるが不定形の人造物質の塊を作り、ついでこれを鋸引きしたり削つたりする物理的操作を用いるとか、あるいはその他の幼稚かつ時間のかかる方法によつていたのであつて、はなはだ不便かつ工費がかさむものであつた。これに対し、本件特許の方法は、まずポリスチロールまたはこれに類する人造物質の微粒物に発泡剤(膨脹剤)を含ませ、これを特別の型の中で熱して発泡させ、これにより各微粒物を膨脹させると同時に、相互に粘着させ、所望の形の成形体を得るという方法であつて、微粒物発泡の過程において一挙に成形体が得られるため、さらに成形のための加工を要しない簡単かつ進歩した方法である。この方法によつて製造されたポリスチロールの成形体はきわめて軽量しかも断熱性に優れ、固形性強く、また湿気および老化にも耐えるため、冷凍施設、建築、包装、浮揚材、電気絶縁材等各般の用途に広く利用され、現にわが南極探検険の越冬宿舎の防寒壁も本件特許方法による製品をもつて作られている。本件特許のこのような優秀性に着目し、申請会社と契約して右特許の実施権の許諾を得たものも多く、米国のコッパース会社、ダウ・ケミカル会社、モンサント・ケミカル会社、ユナイテッド・コーク会社等の諸例があり、わが国においても業界の有力会社において同様本件特許の実施権の許諾を得て、スチロポールの国産化をなすべく現に申請会社との間に協議検討を進めているものがある。

四、(本件特許請求の範囲)

(一) 本件発明の方法に関する特許請求の範囲は、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を作る方法において、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体を含む、微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物、あるいはポリメタクリル酸メチルエステルを直ちにあるいは予備気泡化した後に閉鎖し得るが気密に閉鎖し得ない型の中に入れ、ここで該液体の沸点以上の温度で、人造物質が軟化するまで加温することを特徴とする多孔性成形体の製法」である。すなわち、本件特許請求の範囲は、熱可塑性人造物質から所望の大きさと形の多孔性成形体を一挙に作る方法であり、単に可膨脹性人造物質の微粒物からその多孔性成形体を御る方法のみを対象とするものではない。

(二) 本件発明の特許請求の範囲は、これを分解すれば、つぎの六特徴から成つている。

1. 材料としては、ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物、またはポリメタクリル酸メチルエステルを選択する。

2. 右材料の微粒物を用いる。

3. 発泡剤としては1.の人造物質を溶かさない揮発し旨い有機液体を使用して、これを右人造物質に「吸着」させる。

しかして、この発泡剤については、その沸点が右人造物質の軟化点より高くないものを用いる。

4. 成形体を作るために使用する型としては、気密でなく閉鎖されたもの、例えば穴のあいたものを使用する。このような型を使用することにより、後記5.および6.の膨脹作用が行われる際におのおのの微粒物は型内に抑圧されるが、不要の空気、ガス、液体は逃げ路を与えられることとなる。

5. 前記発泡剤を含む人造物質の微粒物を右4.の型の中に入れ、人造物質の軟化点より上の温度で熱する。この結果、おのおのの微粒物は膨脹し、相互に粘着し合つて所望の大きさと形の成形体となる。

6. 工業的生産の場合には、微粒物を型の中に入れる前に、本件特許明細書に記載されている特殊の方法(各微粒物が互に粘着し合わないようにこれを熱水あるいは蒸気をもつて加温して各微粒物を多孔性の大豆ないしえんどう豆大の玉にする方法)によつて、まず予備発泡すなわち不完全気泡化させてから型の中に入れて前記4および5の方法により完全発泡させて所望の大きさと形の或形体を作る。このように予備発泡の方法を用いるときは、型の中における人造物質の微粒物の帯留期間が短かく、かつ型中に発生する圧力が低いという技術的効果があるのみならず、これによつて得られた成形体は、予備発泡させずに作つた成形体よりもさらに比重が小さいという工業的効果がある。けだし、最終製品である成形体の比重が小さいということは、工業的生産の場合原料の使用量を節約し得るという利点をもたらすからである。

(三) 本件特許は右六特徴の方法を一定の順序に相連続して組合せた製法特許である。いいかえれば、本件特許の方法は、その原料(出発物質)である熱可塑性人造物質に何を選択するかというところから始まつて、一挙に所望の大きさと形の多孔性人造物質の成形体を作るまでのいわば一貫した作業について、数個の方法の組合せの考案をもつてその発明内容としたものである。この組合せを構成する各過程は、その一つ一つが、その前後の他の過程との関連においてそれぞれ重要な意義を持つもので、仮りに組合せの各部分が公知のものである場合にも、組合せられた考案全体として一個の方法特許を構成するのになんらさしつかえないのである。

五、(被申請両会社の本件特許侵害行為)

(一) しかるに、被申請会社積水化学は、本件特許の方法が日本工業界で評判がよく、有利な事業であることに着目し、この模倣を企て、材料である人造物質としては、本件特許と同じくポリスチロールを使用し、これにポリスチロールの軟化点より低い沸点を有する発泡剤を含ませた微粒物を(すなわち前記四、(二)1.2.3.の方法)、まず予備発泡させた後、これを気密でないが閉鎖させた型の中に充満させ、加熱膨脹させて多孔性人造物質の成形体を製造し(前記四、(二)、4.5.6.の方法)、これを販売、拡布する事業の準備に着手し、右発泡性ポリスチロールの微粒物をスチロピーズと名付けて昭和三四年夏以来、文書の配布、新聞記事掲載等の方法によつて宣伝を開始し、更に、昭和三四年一〇月一日には被申請会社積水化学の子会社である被申請会社積水スポンヂが設立され、奈良市南京終町二五番地所在被申請会社積水スポンヂ奈良工場(被申請会社積水化学の旧奈良工場)において第一期生産計画として昭和三四年一〇月一日から同三五年三月三一日までの間に一五六トン、その価格四五、一四〇、〇〇〇円相当額を製造し、昭和三五年三月からその販売を開始し、現在なおその製造販売を継続し、売価も申請会社製造のスチロポールより低額にしている。そのうえ、その顧客に対し、申請会社の特許方法により多孔性成形体を製造することを勧告し、被申請両会社自らも申請会社の特許方法により多孔性成形体を製造すべく企図している。

(二) 仮りに被申請両会社が多孔性成形体の製造を自ら行わないとしても、被申請両会社はその顧客である成形加工業者と共同し、またはこれを教唆して、申請会社の本件特許方法による多孔性成形体を製造し、または製造させて申請会社の本件特許権を侵害しているのである。このような場合、一つの特許方法につき別々の人間が分業して特許権の一部づつを利用するのであれば特許権の侵害とはならないものとすれば、法の秩序は根底から覆され、はなはだ不合理な結果となる。

(三) また、本件特許の方法は、ポリスチロールの発泡成形が極めて簡単かつ安価にできるということが、その特色の一つである。すなわち、右発泡成形のための設備としては、予備発泡用の無蓋布底の木箱と、本発泡用の簡単な金属箱さえあれば、既存のボイラー等の加熱装置で間に合うのであるから、被申請両会社の工場のように諸般の施設を有する大工場では、いつでも自ら発泡成形用の木箱と金属箱を用意してその発泡成形をするおそれが極めて大きいのである。

六、(本件特許権の侵害―その一特許法一〇〇条違反)

(一) 被申請両会社の実施する熱可塑性人造物質から多孔性人造物質を作る方法は、左の理由により、本件特許の権利範囲に属し、申請会社の本件特許権を侵害している。

1. 本件は、すでに述べた六特徴の方法が、一定の順序により相連続して組合せられて一つの製法特許を構成しているものであるが、被申請会社の方法を本件特許と比較してみると、被申請両会社は左記の点で右六特徴の方法をそのまま同じ順序で組合せて模倣している。

すなわち、

(1) 材料としてはポリスチロールを用いていること。

(2) 右ポリスチロールは微粒の形態で使用しており、各粒の大きさは、直径一ないし二ミリメートルであること。

(3) 右ポリスチロールの微粒物に発泡剤として、沸点がポリスチロールの軟化点より低い物質を含ませてあること。

(4) 気密でないが閉鎖された型を使用していること。

(5) 発泡剤を含むポリスチロールを右(4)の型の中でポリスチロールの軟化点より高い温度で熱すること。その結果各微粒物が膨脹し相互に付着し合つて所望の形と大きさの成形体を形成すること。

(6) 右微粒物を型に入れて前記(5)のように膨脹させる前に予備発泡させること。

2. 右のとおり、被申請両会社は、申請会社の本件特許の六特徴をあますところなく、また、同じ順序と組合せにより模倣して本件特許権を侵害している。

(二) もつとも、被申請両会社は、被申請会社側の製造方法が、前記本件特許の六特徴のうち人造物質の微粒物に含ませる発泡剤の選択の点において、申請会社使用のものと異なり摂氏二〇度ないし二五度の温度においては気体の状態にある発泡剤を使用しているから、本件特許に抵触しないと主張している。しかしながら、仮りに被申請両会社が、本件特許の六特徴の方法のうちの一つの段階で申請会社の使用する発泡剤と異なり、暖室温では液体でなく気体の状態にある発泡剤を使用するとしても、つぎの理由によりそれだけでは本件特許の範囲外のものの使用とはならない。

1. 人造物質の微粒物に吸着させる発泡剤について、本件特許の眼目とするところは、その沸点が人造物質の軟化点より低いというところにある。けだし、もし、この段階の工程で、人造物質の軟化点より高い沸点を有する薬剤を使うならば、つぎの段階の工程において、型の中で温められた人造物質の微粒物が軟化しても右薬剤はいまだ気化しないから、何らの圧力をも生ぜず、微粒物を膨脹させ互に粘着させるという発泡剤の作用を営まないことになるからである。したがつて、本件特許請求の範囲の記載も、人造物質の軟化点を標準として、発泡剤の沸点は、右の標準より高くないことを要すること、すなわち最高限をのみ示してあるのであつて、その沸点がこの標準より低い分にはいくら低くとも構わないから、沸点の最低限の記載はないのである。ゆえに、いやしくも人造物質の軟化点より低い沸点を有する発泡剤を使用する以上本件特許の権利範囲に属するといわなければならない。

2. ある物質が、液体であるか気体であるかということは、その物質がいかなる圧力のもとにおいて、かつ、いかなる温度のもとにあるかによつて生じる形態の変化にすぎない。物質そのものに「液体物質」であるとか、「気体物質」であるとかという区別はない。ことに、ポリスチロールの微粒物に特殊の能力(すなわち、熱せられて軟化したときに気体を内蔵しながら膨脹して互に粘着し合う能力)を賦与するため、右微粒物に発泡剤を吸着させる場合においては、右吸着の際右発泡剤が液体の状態にあるか気体の状態にあるかというような形態の問題は何等意味を持たない。要はその沸点がポリスチロールの軟化点より低いものであるかどうかの点のみに存するのである。

3. 本件特許方法の実施において、申請会社が製造販売しているスチロポールのため使用している発泡剤は、いわゆる「パラフィン系炭化水素の同族列」に属するペンタンである。しかるに、被申請両会社の使用する発泡剤もまた「パラフィン系炭化水素の同族列」に属するプロパンである。プロパンが暖室温において気体の状態にあることは顕著な事実であり、申請会社使用のペンタンは暖室温においては、液体の状態にあるものであるから、右両者を比較すれば、当然プロパンの沸点はペンタンよりは低く、したがつて、被申請両会社はペンタンと同様にポリスチロールの軟化点より低い沸点の発泡剤を使用していることが明らかである。

すなわち、被申請両会社は、プロパンをその同族体であるペンタンと置き換え、まず、ポリスチロールの微粒物に吸着させ、ついで、右微粒物を本件特許の型の中で、その軟化点より上の温度(すなわち発泡剤の沸点より上の温度)で温め、その結果軟化したポリスチロールは気体化した発泡剤(すなわちプロパンガス)により膨脹し互に粘着し、ペンタンと全く同じ作用により一挙に所望の大きさと形の多孔性成形体を得る方法を用いているのである。

(三) 以上の次第であるから、本件特許のように、数個の方法が一定の順序により相連続し、組合わされて一個の製法特許を構成している場合にあつては、被申請両会社の方法は、単にその一過程において、均等の作用を有する「均等物」を置き換えただけで発明の性質および目的を全く同一にするものといわねばならない。およそ方法の発明においては、両物質を二つの製造工程中で相互にとりかえても、同じ製造目的を達成することが可能の場合には、これは「均等物」の使用による特許権の侵害といわなければならない。ここにおいて均等物の使用となるかどうかの問題は、ポリスチロールから一挙に所望の大きさと形の多孔性成形体を作る方法全体との関連で判断すべきである。プロパンの使用がペンタンの使用と均等かどうかの問題は単にこれを可膨脹性ポリスチロール微粒物の製造方法との関連においてのみ考えるべきではない。本件特許の方法のように相関連する数個の方法の組合せの中の一過程において、発泡剤としてのペンタンと全く同一作用、効果をもたらすプロパンを使用することはまさに均等物の使用に該当する。この場合申請会社の本件特許の方法と被申請会社が実施し、企図する方法においてペンタンの使用とプロパンの使用を置き換えても一挙に所望の大きさと形の多孔性成形体が得られるのである。また、被申請両会社がポリスチロールにわざわざ溶剤添加(テトラクロールエチレン添加)という工程、プロパンガスを圧入するという工程および分散剤の使用という工程を施して可膨脹性ポリスチロールの微粒物を作りペンタンと同じような発泡成形作用を営なませることは、申請会社の本件特許の方法の一部に無用の物質または工程を加えるのみで発明実施の目的を全く同一にする迂回方法である。

(四) 被申請両会社のプロパン使用は、本件特許の方法から容易に類推し得るものである。

1. ペンタンもプロパンもパラフィン系炭化水素の同族体であり、化合力が弱く、化学変化しにくい、すなわち人造物質を溶かさないという似通つた化学的性質を有する。したがつて、ペンタンから類推して、これと同様に、熱可塑性人造物質を溶かさない性質を有し、発泡作用を有するものを、その同族体であるプロパンに求めることは容易なことである。

2. ついで、右同族体のなかから、人造物質の軟化点よりも低い沸点を有するものを求めることは、教科書にあるパラフィン系炭化水素の同族体の表を見れば容易にできることである。

3. ゆえに、ポリスチロールの微粒物にプロパンを吸着させ、これを本件特許の方法の型の中で加熱すれば、軟化したポリスチロールは膨脹したプロパンの圧力によつて膨脹し、相互に粘着し合い、一挙に所望の大きさと形の多孔性人造物質の成形体ができ上るのである。被申請両会社は、右のように容易になし得る類推によつてプロパンをペンタンと置き換え、一挙に多孔性ポリスチロールの成形体を得る方法を用いているのである。

(五) すでに述べたように、被申請両会社はその顧客に対し、スチロピーズを使用して本件特許の方法により成形体を製造するよう勧告説明し、その顧客と共同し、あるいはこれを教唆して成形体を製造販売し、または製造販売させようとしている外、被申請両会社も自ら同様これを製造販売しようとしている。したがつて、右被申請両会社の行為は特許法(昭和三四年法律一二一号)にいう特許権の侵害ないしは侵害のおそれがある場合に該当しその侵害の停止または予防を請求できることは明らかである。

七、(特許権の侵害―その二特許法一〇一条二号違反)

(一) 被申請会社等がスチロピーズ微粒物の製造販売をすること自体も特許法一〇一条二号により本件特許権の侵害とみなされる。すなわち、特許法一〇一条二号によれば、「特許が方法の発明についてされている場合において、その発明の実施のみに使用する物を業として生産し譲渡し若しくは貸し渡しのために展示し又は輸入する行為」は当該特許権を侵害するものとみなす旨規定している。そもそも発泡性ポリスチロールの微粒物は、申請会社によつて初めてわが国に紹介され、現在のプラスチック加工業者は、いずれも申請会社の製造販売するスチロポールを購入し、申請会社の許諾のもとに本件特許方法を使用して多孔性成形体を製造している実情にある。このような状態のもとでスチロピーズという商品名のもとにポリスチロール微粒物を製造販売することは、これを本件特許の方法にのせて成形体とすることを前提とするのでなければ意味がなく、業界の顧客もこれを購入することもない。したがつて、被申請会社等製造の可膨脹性人造物質の微粒物(商品名スチロピーズ)が、さらに本件特許の方法の各工程を経て多孔性人造物質の成形体を得ることを予定しているのであるから、この微粒物を製造する行為自体が、特許の発明の実施にのみ使用する物を生産する行為として、右微粒物に使用する発泡剤の性質如何にかかわりなく、特許侵害とみなされるものである。

(二) (被申請両会社のこの点の主張に対する反ぱく)

1. 被申請両会社は、可膨脹性ポリスチロール微粒物の予備発泡させた小球を本発泡させることなくそのまま糊つけして使用する方法があるとか、あるいは、可膨脹性ポリスチロール微粒物を古くから存在する自動押出機(人造物質と発泡剤を混入して押出す成形機械)の中に入れ、加熱膨脹させる方法もあり、これにつき被申請会社側で特許出願中と主張しているが、このような、なお発泡能力を全部発揮していない半製品のままのものを使用するに甘んじる例外的方法があるとしても、また被申請両会社の意中にのみ存し、または業界の何人も知らぬ方法が想定されるとしても(この方法に果して工業的価値があるかどうかの問題は別にして)、それだからといつて可膨脹性ポリスチロールの微粒物に他の用途があるということにはならない。特許法一〇一条二号の解釈適用にあたつては、当該製品について、民法五九四条一項にいわゆる「物の性質によりて定まりたる用法に従い」、かつ、業界現実の事態に則して判断されなければならない。そうでなければ、特許法が新たに本条を制定した趣旨を没却するにいたるであろう。

2. 被申請両会社は、可膨脹性ポリスチロール微粒物の他の使用法として、被申請会社積水化学において特許出願中の押出成型機使用の方法もあると主張するが、右出願の方法は、通常のスクリュー式押出機を使用し、押出機より出るものは、不定形の塊であるので、ついで第二段の操作として、これをさらに形状調整器(フォーミング・ダイ)に入れて形を整えるのである。右出願の特許請求の範囲の項には「発泡性プラスチックを機内に供給す」と記載してあるとおり、押出機内に投入されるものは、「発泡性プラスチック」でありさえすれば、それが発泡剤とプラスチックとの単なる混合物であろうと、発泡性人造物質の微粒物に製造したものであろうとを問わないのであり、したがつて、この方法では発泡剤と人造物質との単なる混合物を入れれば足りるのであつて、わざわざ発泡性人造物質の微粒物を入れて不定形の塊を作り、しかる後、フォミング・ダイに入れて形を整えるようにすることは、発泡性人造物質の微粒物の特質、すなわち、加熱膨脹により一挙に所望の大きさと形の多孔性人造物質の成形体を得るという特質を無視する全く無駄なことである。このような方法は、可膨脹性人造物質の微粒物の存在理由を無視し、その本来の用法に反するもので、これをもつて、右微粒物に他の用途があるとはいえない。そのうえ、右押出成型機は、被申請両会社の手許にさえ一台もなく、これによる成形加工を実施しておらないのであつて、このことは、右出願の方法がプラスチックの他の種類の成形に適することはあつても可膨脹性ポリスチロール微粒物の場合にはその特質を殺しその本来の用法に反するためにあることを物語つている。

3. 被申請会社は、可膨脹性ポリスチロール微粒物の他の用途として、スェーデンのイゾレリングス社の特許発明の方法(以下イゾレリングス法という)があると主張するが、この方法は申請会社の本件特許に対する従属発明である。

イゾレリングス法は、可膨脹性ポリスチロール微粒物を予備発泡させた上、これをホッパーすなわち投入口に入れる。その後右予備発泡物は、スクリュー式運搬装置とパイプを通つて本発泡される場所「中間空間」(いわゆる通路)に押込まれる。このいわゆる通路は、上下一対の鋼鉄製無端ベルトと左右一対の無端ベルトによつて四方を囲まれ、また、入口は前記スクリュー式運搬装置およびパイプに充満した予備発泡微粒物で閉ざされ、出口は本発泡済みの成形体によつてふさがれるので、ここに閉鎖された中間空間すなわち型を形成する。しかして、この中間空間すなわち型は、上下一対の鋼鉄製無端ベルトに無数の孔があるため、これがガス抜兼蒸気侵入孔となるので、結局気密でないが閉鎖された型となる。この型が加熱部分を通過するときに、予備発泡物は型の中で予備発泡の場合よりは高いが、「僅か一〇〇度を超えた程度」すなわち人造物質が軟化するまで熱せられて本発泡し、型の内壁および粒子相互間の圧力によるヒシメキ作用によつて成形体となる。型内の材料は、一つの型内で適当に加熱され本発泡と成形とが一挙に行われる。これを要するに、イゾレリングス法は、申請会社の本件特許の方法の六特徴を全部利用し、その最後の段階において、いくつもの型が相連続して加熱部分を進行するというところに新規性があり、本件特許に対する改良発明として工業的価値があると同時に、先行発明の全部を利用する意味で、本件特許と従属関係に立つものである、そうであるから、イゾレリングス社は、申請会社から実施権の許諾を得、しかも材料としては申請会社が製造販売しているスチロポールを購入して加工成形しているのである。以上の次第であるから、イゾレリングス法をもつて可膨脹性人造物質の微粒物に他の用途があるとする被申請両会社の主張は理由がない。

八、(特許権の侵害―その三、特許法七二条違反の仮定的主張)

(一) 仮りに、被申請両会社のスチロピーズの製法、すなわち、プロパンを発泡剤とする可膨脹性ポリスチロール微粒物の製造方法が、新規発明を構成し、その発明について特許が与えられるものとしても、特許さえ得たならば、他人の特許発明といかなる関係が存在しようとも自己の特許発明を自由に実施することができることにはならない。特許権者は、その特許出願の日以前にかかる他人の特許を利用するものであるときは、業としてその特許発明の実施をすることができない(特許法七二条)。

しかして、被申請両会社がその顧客と共同、あるいは教唆して申請会社の本件特許の方法によりスチロピーズを使用してその多孔性成形体を製造、販売しまたは製造販売させようとしている外、自らも同様製造販売しようとしていることは、申請会社の本件特許の方法の全部を利用し、または利用しようとするものであるから、本件特許権を侵害し、または侵害しようとするものである。そしてこのことは被申請両会社がその可膨脹性ポリスチロール微粒物の製造方法について特許を得ても、同様であつて、直ちにこれを実施することはできないのである。

(二) 被申請両会社が援用する米国ダウ・ケミカル会社のネオペンタンを発泡剤とする可膨脹性人造物質の製造方法に関する発明も、また、米国コッパーズ会社の製造する可膨脹性人造物質の微粒物(商品名ダイライト)の製造方法に関する特許発明も、申請会社の本件特許の方法により多孔性人造物質の成形体を作ろうとするものであるから、いずれも申請会社との契約により本件特許権の許諾を得ているのである。右コッパーズ会社の製造物質の微粒物は、申請会社のスチロポール発売後一時わが国に輸入販売されたことがあるが、もともとコッパーズ会社はその製造する可膨脹性人造物質の微粒物ダイライトの加工成形につき何等の方法も持たず、ダイライトを購入した加工業者はもつぱら申請会社の特許に属する方法に依存していた。しかるに昭和三三年二月末申請会社の本件発明の特許出願につき公告決定があつたので、申請会社は、コッパーズ会社にこの旨を通知するとともに、日本においては、右特許の実施を許諾できない旨申入れた(これより先米国およびカナダにおいては右実施の許諾をしてある)。そこで、コッパーズ会社はその製造するダイライトの日本における販売を中止したもので、仮りにコッパーズ会社製造のダイライトを用いてわが国で本件特許の方法による発泡成形を業として行なえば、特許権利者の許諾のない他人の特許権の利用として許されないのである。

(三) 特許法七二条にいう「利用」関係は、必ずしも特定の二つの発明の間に必然的に存在することを必要としない。例えば、甲発明を一つの具体的態様において実施する場合において、他の乙発明を実施する結果とならないのであれば「利用」関係が存在しないのであるが、反面甲発明を別の具体的態様で実施する場合において、前記乙発明を実施する結果となるのであれば、この場合には「利用」関係が存在することになる。被申請両会社の場合は、この後者に該当する。しかして、この場合もし被申請両会社の可膨脹性ポリスチロール微粒物の製造方法に関する発明が特許になつた暁には、特許法九二条の諸項により申請会社の本件特許方法の利用につき実施許諾を得るという途も開かれているのであるが、被申請両会社は本件特許の方法は公知無効のものという独断的態度のもとに本件特許権を無視しようとしている。

九、(仮処分の必要性)

(一) 以上のとおり、被申請両会社は申請会社の特許第二五二、一二〇号の権利範囲に属する方法と同じ方法を用いて本件特許権を侵害し、もしくは侵害しようとしているから、申請会社は被申請両会社を被告として、特許権侵害の停止および予防ならびに損害賠償請求の本訴を提起しようと準備中であるが、現在被申請両会社は申請会社の数次にわたる警告に対し適宜応酬して時を稼ぎ、被申請会社積水化学はその子会社である被申請会社積水スポンヂを設立し、スチロピーズ微粒物およびその成形体の製造計画を発表し、さらに申請会社の顧客であるプラスチック加工業者等に対しスチロピーズを購入してこれを申請会社の本件特許の方法と同一の方法によつて使用し多孔性成形体を製造するよう勧告説明に努め、新聞紙上にも盛んに宣伝を行うとともに、被申請会社積水スポンヂはその奈良工場において着々スチロピーズ製造販売の準備を進め、昭和三四年九月、月産二〇〇トンの製造設備の建設に着工し、同三五年四月完成し、同年五月からその製造を開始し、月産五〇トンないし一〇〇トンを製造し、これを申請会社の製品であるスチロポールよりも一キログラム当り二〇円ないし三〇円安く販売しその顧客と共同しまたはこれを教唆して本件特許の方法による成形体の製造をさせている。そのため、同三五年三月まで急増していた申請会社のスチロポールの需要は漸減の傾向さえ呈するに至つた。

(二) このような状態を放置するときは、申請会社が日本においてはじめて開拓し築き上げて来た努力の結果は水泡に帰し、被申請両会社の特許侵害行為のため回復することのできない損害を蒙るにいたるのであり、しかも右損害は金銭的賠償によつて償い得ないもので、今や申請会社はこの急迫なる危険に直面している。殊に被申請両会社が、業界において宣伝力大なる有力会社であり、現に申請会社の顧客であるプラスチック成形加工業者に対しスチロピーズの見本を送付して活発に働きかけており、これが成功するにおいては、今後申請会社が前記本訴で勝訴しても、この間すでに回復することのできない損害を蒙る緊急の危険があるので、申請の趣旨記載のとおり仮処分の判決を求めるため、本件申請に及んだのである。

第二、被申請両会社の主張

(答弁の趣旨)

被申請人等代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

(申請人の主張事実に対する認否)

一、申請人がその主張の地に本店を有する会社であること、被申請両会社の目的、本店所在地および代表取締役が申請会社主張のとおりであること、申請会社が特許第二五二、一二〇号の特許権者であり、その特許については申請会社主張の日に特許出願、出願公告ならびに登録され、この特許発明が熱可塑性人造物質から多孔性人造物質の成形体を製造する方法に関する諸方法のうち特定の一方法であること、多孔性人造物質の成形体やその製造方法について右特許出願前すでに公知であつたこと、ポリスチロールが熱可塑性人造物質の一種であり、熱可塑性人造物質という用語の意味が通常申請会社のいうとおりのものであること、ポリスチロールが申請会社主張のとおり長所を有する合成樹脂であること、申請会社が発泡性ポリスチロール微粒物をスチロポールという商品名を用いて販売していること、被申請会社積水スポンヂがスチロピーズという商品名で可膨脹性ポリスチロール微粒物をその奈良工場で製造し、これを販売していること、スチロピーズの販売価格がスチロポールの価格に比し低廉であること、右スチロピーズはプロパンガスを含んでいること、およびプロパンとペンタンとは同じくパラフィン系炭化水素として有機化学上同族体であることはいずれもこれを認める。

二、申請会社が、本件特許を出願する以前に知られていた多孔性成形体の製造法は「幼稚かつ時間のかかる方法」であつて、「はなはだ不便かつ工費のかさむものであつた」との主張、被申請両会社の主張する本件特許権の「六特徴をそのまま同じ順序で組合せて模倣している」との主張、被申請会社積水スポンヂが実施する可膨脹性ポリスチロール微粒物の製造方法(以下積水法という)が申請会社の有する本件特許権の対象である方法(以下バーヂツシェ法という)と均等物の使用として同一方法となるという主張はすべて否認する。その余の主張事実はいずれもこれを争う。

(被申請両会社の主張)

一、(バーヂツシェ法特許権の及ぶ範囲)

(一) バーヂツシエ法特許は、ポリスチロール等の加工方法に関する諸種の方法のうちの特定の一方法に関する特許である。

ポリスチロールは塩化ビニール、ポリエチレン、ポリアミド(ナイロン)等と同様に合成樹脂の一種であつて、その製法は第二次大戦前から知られていて、その生産もされていた。ただ、それが現在のようにテレビの前面枠、ラジオのダイヤル盤、パンケース、バター入れ、包装材料等各種食卓用品、商品容器、玩具等殆んどあらゆる日用品、工業用品にまで普及するにいたつたのは戦後のことである。そして、その用途に応じて、型に入れて成形するとか、あるいは、パイプやシートに加工するとか諸種の成形加工の方法が考案されて来た。バーヂツシエ法もポリスチロール等特定の合成樹脂に特定の加工を施して多孔性人造物質の成形体を作る方法に関するもので、ポリスチロール等の特定の加工方法であるということができる。

多孔性物質は、天然のものとしてはコルクや海綿や軽石等が存在するが、人工的にゴムやガラスからも作られる。スポンヂゴムや多孔質ガラスがそれである。合成樹脂(プラスチック)についても、それに種々の手段を加えて多孔性のものに作ることについてはすでに早くから知られていた。ポリスチロールについても、それに種々の手段を加えて多孔性ポリスチロール成形体を得る方法がバーヂツシエ法特許出願に先立つて公知であつた。したがつて、バーヂツシエ法はポリスチロール等という既存の物質を材料として、これに加工をして多孔性人造物質の成形体という既知の物体を作るについての諸方法のうち特定の一方法であるいわねばならない。

バーヂツシエ法特許出願の際、日本において公知であつたポリスチロールの多孔性成形体の製法としては、つぎのとおり各種の方法をあげることができる。

(1) 一九四六年(昭和二一年)アメリカ特許第二、四〇、九一〇号方法

(2) 一九四八年(昭和二三年)アメリカ特許第二、四四七、〇五五号方法

(3) 一九四八年(昭和二三年)アメリカ特許第二、四五〇、四三六号方法

(4) 一九四八年(昭和二三年)イギリス特許第六〇五、八六三号方法

(5) 一九五〇年(昭和二五年)アメリカ特許第二、五三二、二四二号方法

(6) 一九五〇年(昭和二五年)アメリカ特許第二、五一一、八八七号方法

(7) 一九五一年(昭和二六年)アメリカ特許第二、五七六、九一一号方法

(二) ポリスチロール等を材料として、多孔性人造物質の成形体を製造する方法は、理論上、ポリスチロール等に膨脹能力を賦与する段階と、その能力を実際に発揮させて多孔性人造物質の成形体を得る段階とに分けられる。バーヂツシエ法特許明細書の「発明の詳細なる説明」の項の第二段に、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造ることも公知である」と記載されているのは、この両段階のうち、後の段階についてバーヂツシエ法特許出願に先立つて公知方法が存在していたことを述べているのである。バーヂツシエ法特許発明は、後に述べるとおり右の二段階のうち、前段階の工程により製造された物質の存在を前提とし、それを出発物質として、これから多孔性人造物質の成形体を作る後段階の加工工程を対象とするものである。

二、(バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲)

(一) (バーヂツシエ法特許発明の要旨)

バーヂツシエ法特許発明は、前述のとおり、ポリスチロールの加工方法に関するもので、その方法の内容は、(1)出発物質または原料、(2)手段、(3)目的物の三つの事実を特定することによつて明らかとなる。この三点をバーヂツシエ法特許明細書の「特許請求の範囲」の項の記載に則して明らかにすると、

(1) 原料(または出発物質)は、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発生有機液体か、あるいは、単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合体、あるいはポリメタクリル酸メチルエステルであり、

(2) 手段は、直ちに、あるいは予備気泡化した後に、気密に密閉し得ない型の中に入れ、ここで該液体(易揮発性有機液体を指す)の沸点以上の温度で、人造物質(出発物質を指す)が軟化するまで加温すること、

(3) 目的物は、ポリスチロール、スチロール共重合物あるいは、ポリメタクリル酸メチルエステルの多孔性成形体

であるということができる。そして、バーヂツエ法特許発明の技術的範囲は、右のような内容を有する、出発物質と手段と目的物との組合せの範囲以外には出ないのである。それゆえ、被申請会社積水スポンヂがスチロピーズの製造にあたつて実施する方法(以下積水法といい、この内容は後述する)が、バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属するといい得るがためには、積水法における出発物質と手段と目的物との組合せが、すべてバーヂツシエ法におけるのと同一であるとされなければならない。

ところで、本件で問題とされる合成樹脂は、ポリスチロールのみであるから、バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲を、ポリスチロールに限定していうならば、

(1) 出発物質の要件として、

(イ) ポリスチロールであること、

(ロ) その微粒物であること、

(ハ) その微粒物には易揮発性有機液体を含ませたものであること、

(ニ) しかもその易揮発性有機液体は、

(A) ポリスチロールの軟化点より低い沸点を有すること、

(B) ポリスチロールを溶かさないか、または、これを膨潤させるだけの性質を有するものであること、

のすべてを必要とし、

(2) 手段の要件としては、

(イ) 直ちに、または予備気泡化した後に、

(ロ) 閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型の中で、

(ハ) 前記易揮発性有機液体の沸点以上の温度で、

(ニ) 出発物質が軟化するまで加温することであり、

(3) 目的物はポリスチロールの多孔性成形体である。

(二) (バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に関する申請会社の主張について)

1. 申請会社は、バーヂツシエ法特許請求の範囲を分解して六特徴を列記しているがそのような分析方法は誤つている。本件のような方法の特許発明にあつて、その対象とする方法は連続した諸工程のうちの特定の工程を抽出したものであつて、その工程の原料を製造する前工程とか、その工程の製品を利用する後の工程とかは、いずれもその発明の技術的範囲に属さない。

2. いまその所以をバーヂツシエ法特許明細書の特許請求の範囲の文言に則して明にせんに、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法に於て」という記述は、前述のとおり、熱可塑性人造物質の加工方法のうちの一方法という程の意味で、発明の要旨をつぎに導くものであり、「人造物質の軟化点より低い沸点を有し」という句は、その意味内容からみて明らかに易揮発性有機液体の条件を限定するものであり、「人造物質を溶かさない有機液体か」「或は単に之を膨潤させるだけの易揮発性有機液体」の二つの句は、ともに、つぎの「含む」という語の内容をなす句であつて、しかもそのような液体を含む主体は、「微粒状ポリスチロール、人造物質様若くは樹脂様スチロール共重合物或はポリメタクリル酸メチルエステル」なのであるから、以上の諸要件は、すべて主体である微粒状ポリスチロール等を限定する意味を持つものと解せざるを得ない。

3. しかも右の見解が正当であることについては、つぎのような実質的理由がある。すなわち物の製造方法においては、原料と目的物とを特定しただけでは方法を特定すすることができない。なんとなれば、同一の原料から同一の目的物を得る方法にあつても、手段を異にする毎に方法が異なるからである。しかるに、バーヂツシエ法に関する特許請求の範囲には、ポリスチロール粒子に特定の要件を具えた易揮発性有機液体を含ませる手段についてはなんら触れるところがない。しかも、その実施例の記載をみると、ポリスチロール粒子に特定の要件を具えた易揮発性有機液体を含ませる方法については、これを大別して、(1)スチロールを重合してポリスチロールを得る段階で特定の易揮発性有機液体を同時に含ませる方法(実施例3.6.)、(2)すでに生産されたポリスチロール粒子を前提として、これに特定の易揮発性有機液体を新たに含ませる方法(実施例2.4.)、(3)右の(1)および(2)を併用する方法(実施例1.)の三方法が存在することを指摘している。当時は旧特許法時代で、一発明一出願主義が貫かれており、一個の方法の特許発明が、数個の方法を含むということは、原則としてありえなかつたことよりすれば、右の三方法の記載はそのいずれであるかを問わず、これらの方法を実施して得られた可膨脹性ポリスチロールは、すべて特定の易揮発性有機液体を含む点においてその組成要件を同じくしているところから、そのような特定の易揮発性有機液体を含む可膨脹性ポリスチロール粒子を原料としてバーヂツシエ法に用いるものであることを明らかにしたものというべきであつて、したがつてバーヂツシエ法は膨脹成形工程をのみその対象とすること、換言すれば特定の要件を具えた易揮発性有機液体をポリスチロール微粒物に含ませるという工程はその技術的範囲に属さないことを明瞭に物語るものである。さらにこのことは、つぎの事実からも裏付けられるところである。すなわちバーヂツシエ法特許明細書の実施例中、ポリスチロールのしかもその微粒物を原料として、これに特定の易揮発性有機液体を吸収させるという手段を用いて、特定の可膨脹性ポリスチロール微粒物を得るという方法に該当するものは、実施例2.同4.のみであつて、その他はことごとくいずれかの要件を異にしており、微粒状のポリスチロールに易揮発性有機液体を含ませるという工程を経ていないのである。

元来特許明細書中「発明の詳細なる説明」の項に記載される実施例はまた「実施の態様」ともいわれ、その特許発明の要旨の具体的な実例を表示するものである。それゆえに、当該特許発明の要旨とするところは、すべて実施例に含まれていなければならない。したがつて、申請会社の主張するようにポリスチロール微粒物を出発物質として、これを特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませて可膨脹ポリスチロール微粒物を得るという工程がバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に含まれるのであるならば、当然各実施例にはその工程の具体的な実施の態様が記載されていなければならない筈である。しかるに、ポリスチロール微粒物を出発物質として、これに特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませて、可膨脹性ポリスチロール微粒物を得る工程については、前述の如く実施例2.同4.以外の各実施例にはいずれも全く記載されていないばかりでなく、それらの実施例には全然別の工程が記載されているのであつて、実施例2.同4.以外の各実施例はことごとく実施例として実体を具えない不適法のものといわざるを得なくなる。これに比し、バーヂツシエ法特許明細書に記載されている実施例は、種々の方法によつて得られた特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませた可膨脹性ポリスチロール微粒物を材料として、これを閉鎖しうるが気密に密閉しない型の中で該有機液体の沸点以上の温度でポリスチロールの軟化するまで加温して(手段)、ポリスチロールの多孔性成形体を得る(目的物)という工程を記載している点では全く一致している。したがつて、ポリスチロール微粒物に膨脹能力を与える工程は、直接バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

4. バーヂツシエ法特許発明に用いられる出発物質としての可膨脹性ポリスチロール微粒物は特定の要件の易揮発性有機液体を含むものに限定されている。従つて、他の方法によつて製造された可膨脹性ポリスチロール微粒物を材料として用いる場合には、たとえ、膨脹成形工程における手段や目的物を同じくしてもバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に含まれない。申請会社は、バーヂツシエ法の特許請求の範囲においては、発泡剤の沸点について、人造物質の軟化点を標準として、これより高くないという最高限だけを示しているので、最低限は示していない。したがつて発泡剤の沸点が右の最高限より下である限りいくら低くとも所期の目的を達し得ると主張しているが、この主張は、バーヂツシエ法特許請求の範囲の記載を全く無視したものである。なんとなれば、バーヂツシエ法特許請求の範囲には、明瞭に「易揮発性有機液体」という限定がつけられていて、ポリスチロール微粒物に膨脹能力を与えるすべての液体に限るもので、液体以外にはなんら触れるところがないからである。そして、液体であることを要件の一とする以上その物質の沸点は当然解放された常圧の状態で、常温以上の温度であるものでなければならない。従つてバーヂツシエ法の選択する発泡剤は、その沸点の上限がポリスチロールの軟化点摂氏七〇ないし八五度以下であり、下限が常温すなわち摂氏一五ないし二五度のものに限られることは明白である。

(三) バーヂツシエ法特許発明に用いられる出発物質の可膨脹性ポリスチロール微粒物に関する諸要件は公知である。

1. バーヂツシエ法が要求する要件の一つである易揮発性有機液体として、その明細書に記載されているものとしては、これをポリスチロールについていえば、石油エーテル、ペンタン、ヘキサンおよびシクロヘキサンである。それらは、また三〇ないし八〇度で沸騰する脂肪族あるいは環式脂肪族炭化水素とも表現されている。そして、これらをもつて、「ポリスチロールの軟化点より低い沸点を有し、ポリスチロールを溶かさないか又はこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体」と総称している。

3. しかるに、バーヂツシエ法特許出願前公知の文献であつた英国特許第六〇五、八六三号明細書の抜萃によると、「スチレンおよびメタクリル酸メチルエステルの重合体および共重合物の如き合成樹脂、もしくは、繊維素誘導体組成物のバラバラの粒子を石油エーテルの如き揮発性の非溶剤で湿らせ、この湿つた粒子を型に入れて、最終製品を縮少した形の半加工品を作る」との記載がなされており、同じくバーヂツシエ法特許出願前公知の文献であつた米国特許第二、四四二、九四〇号明細書には、「バラバラの粒子状の熱可塑性物質をその軟化点以下の温度で完全に気化することができてしかも揮発し得るとともに、該熱可塑性物質を湿らすことができる非溶剤で湿らせ、この湿つた粒子から余剰の液体を取去り、湿つたバラバラの粒子を型に入れて成形し所望の最終成形体の縮少した形状の半加工品を作り」という記載がみられる。右二つの特許は同一の方法に関するものであるが、その内容は、バーヂツシエ法特許発明において予定された出発物質の製法の点で全く相符合している。したがつて、バーヂツシエ法特許発明においてその出発物質として要求していると同一の要件を用いてポリスチロール微粒物から可膨脹性ポリスチロール微粒物を製造することは公知の事実にほかならない。

2. また、さらに、バーヂツシエ法特許出願前にわが国で公知であつた方法として、申請会社が特許権を有するドイツ特許第八四五、二六四号の方法をあげることができる。この方法は、これをポリスチロールについていえば、「ポリスチロールの原料であるスチロール単量体または初期重合体(一部は重合し、他はいまだ重合せず単量体のままの状態にあるもの)は溶解するが、ポリスチロールは溶解しないかまたは単に僅かに膨潤させるにすぎない程度の親和性をポリスチロールに対して有し、かつポリスチロールの軟化温度より低い沸点を有する液体(例えば、ヘキサン、ヘプタンまたは沸点摂氏四〇度ないし六〇度の石油エーテル等)を微粒状ポリスチロール中に均一に分散させた後、これを型の中でポリスチロールの軟化するまで加熱して多孔性成形体を製造する方法」である。これによつて明らかなように、ポリスチロール微粒物にバーヂツシエ法で定めているような特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませるということは、このドイツ特許公報によつて公知となつていたのである。なお、この方法には膨脹成型の際の型として、閉鎖した型を用いることができることも述べられているため、膨脹成型工程の諸要件についても本件バーヂツシエ法特許とほとんど相違がみられない。

(四) (バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲の限界)

以上論じたところからつぎのようにいうことができる。

1. たとえ、バーヂツシエ法特許発明と同一の手段を用いて同一の目的物を製造しても、その方法の原料となる可膨脹性ポリスチロール微粒物がバーヂツシエ法に定める組成要件と異つた組成要件を有するときは、その膨脹成形方法はバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に含まれず、したがつて、その実施行為はその特許権を侵害するものでない(原料が同一でない)。

2. また、バーヂツシエ法で特定しているのと同一の特定の可膨張性ポリスチロール微粒物を原料として用いるとしても、それを成形して多孔性成形体を作るにあたり、バーヂツシエ法の手段と異なる手段を用いる限りその製造方法はバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属さないから特許権侵害を構成しない(手段が同一でない)。

3. さらに、バーヂツシエ法で特定しているのと同一の可膨張性ポリスチロール微粒物を製造する行為自体は、ただ単にバーヂツシエ法特許発明の要素である原料の製造行為にすぎず、その行為自体がバーヂツシエ法特許発明の実施といえないから、その行為が特許法一〇一号二号に該当する場合を除いては、それにより特許権侵害を生じない。

4. しかもバーヂツシエ法特許発明が要件としている原料の製造方法は公知であるから、その実施は何人にも許されている。

5. また、可膨張性ポリスチロール微粒物がこれをバーヂツシエ法の原料として用いる以外に用途を持つときは、バーヂツシエ法がその原料として要求していると同一の要件を具えた可膨張性ポリスチロールを製造販売しても特許法一〇一条二号の「その発明の実施にのみ使用する物」を業として生産する行為に該当しないから同条により特許権の侵害とみなされることはない。

6. つぎに、可膨張性ポリスチロール微粒物を膨張きせてポリスチロールの多孔性成形体を製造する方法についてバーヂツシエ法以外に諸種の別方法がある限り、バーヂツシエ法がその原料として要求していると同一の要件を具えた可膨張性ポリスチロール微粒物を製造し、これを販売することが特許法一〇一条二号の「その発明の実施にのみ使用する物」を業として生産する行為に該当することはないから、同条により特許権の侵害とみなされることはない。

三、(積水法の内容とその技術的効果)

(二) (積水法は可膨張性ポリスチロール微粒物の製造方法である。)被申請会社積水スポンヂがその奈良工場で実施している方法(積水法)は、バーヂツシエ法と異なり、ポリスチロール微粒物から可膨張性ポリスチロールを製造する方法であつて、その内容は、「オートクレープ(加圧釜)中において、分散剤の水溶液中にポリスチロール粒子を分散きせ、その分散液中にテトラクロールエチレンを添加した後、プロパンガスを圧入し、加温加圧下に六ないし一〇時間保持してプロパンガスをポリスチロール粒子に吸着させ、ついで目的物を水溶液から分離する可膨張性ポリスチロール粒子の製造方法」なのである。バーヂツシエ法で予定している方法のように、揮発性液体を用いる方法では、多孔性合成樹脂成形体を製造するにあたつて、熱によつて液体が気化してその体積を膨張させるという物理現象を利用するものであるのに対し、積水法のように気体(ガス)を使用する方法では、加熱による樹脂の軟化と加圧のもとに封じ込まれたガスの膨張という物理現象に着目したものにほかならない。もつとも、これらの物理現象自体は、バーヂツシエ法特許出願前から公知であるが、その物理変化をどのような諸条件のもとでどのような設備によつて実施することによつて所期の効果を挙げ得るかという点に苦心が存し、発明の生まれる所以があるのであつて、既知の多くの方法も右の観点から別方法として区別され、独立の価値が認められているのである。このような点からいつて、ポリスチロールに膨張作用を与える物質が常温で液体であるか気体であるかということは、他の諸条件の設定に著しい相違を来たし、その利用する思想を異にするから、それが液体であるか気体であるかということだけで別の範疇に属するものといつても妨げない。

(二) (積水法の技術的作用および効果)積水法において、ポリスチロール微粒物を膨張させる役割を果すいわゆる発泡剤(膨張剤)に相当するものは前述の如くプロパンであるが、プロパンの沸点は摂氏零下四二度であるから、常温で気体の状態にあつて、これを気体のまま、ポリスチロール微粒物に接触させるのである。その結果積水法によれば、つぎのような顕著な効果が認められる。

1. 分散剤溶液中に特定量のテトラクロールエチレンを加え、しかる後にポリスチロール徴粒物が投下され、分散された状態でプロパンガスが吸収されるので、バーヂツシエ法におけるような「まとまつた素地」が形成されず、さらに粉砕する必要がない。

2. バーヂツシエ法よりもはるかに短時間で同等の膨張能力を賦与することができる。すなわち、バーヂツシエ法では発泡剤を充分にかつ均一に吸収させるためには二四時間ないし三〇日間の長期間を要し、条件いかんでは吸収が不充分あるいは不均一となり、またポリスチロール微粒物が塊となつて取出される場合もあるのに対し、積水法は六ないし一〇時間で充分である。

3. バーヂツシエ法で前提としている易揮発性有機液体を含ませた可膨張性ポリスチロール微粒物は、八〇ないし一〇〇度まで加熱すると可膨張ポリスチロール微粒物の中で有機液体は蒸発し液体から気体となる。その結果、有機液体の時に比してその体積を著しく増大し、その体積増大がポリスチロール微粒物の内部で起るので可膨張性ポリスチロール微粒物は蒸発した気体が充満する多数の小気泡を生じ、全体として膨張した形状を呈するにいたる。しかるに、膨張によつて生じた多数の独立小気泡中の気体は、もともと常温で液体のものであるから、温度が常温に低下するまでに液体に戻り、このため、小気泡中の圧力は急激に低下し減圧状態になる。そこでこの小気泡内の減圧を補うべく大気中の空気がポリスチロールの隔壁を通じて気泡内に侵入し、小気泡内気体の圧力を漸次大気中の空気圧に等しくしようとする現象が起ることをまたねばならない。これに対し、積水法は、常温において気体のプロパンガスを加圧下においてポリスチロール微粒物の内部に圧入する手段をとるものであるから、ポリスチロール微粒物の内部の圧力は外部よりもかえつて高く、したがつて、これを加温してポリスチロールを膨張させ常温に復した後にもプロパンガスの圧力は常に加圧状態にあり減圧になることはない。それゆえに、一次気泡化(予備発泡)した後もバーヂツシエ法の場合のように一定の放置期間を置くことを要せず、ポリスチロールの多孔性成形体を製造するについて連続作業が可能であり、放置期間中の保管設備を必要とせず、製造日数が短縮されるなどの利点がある。

4. ポリスチロール微粒物にプロパンガスを吸収させるには、従来の加圧ガスを用いる方法に比してはるかに低圧で足りるから、従来の加圧ガスを用いる方法に比し装置が非常に簡単である。

5. 積水法によるプロパンガスの吸収率は極めて大きい。殊に、プロパンガスを圧入するにあたつて、テトラクロールエチレンを使用することにより、(イ)ポリスチロール微粒物へのプロパンガスの吸収率が極めて大きくなり、(ロ)ポリスチロール微粒物に封じ込められたプロパンガスは散逸することなく、膨張能力の保持が著しく良好である。

四、積水法はバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属さない。

(一) バーヂツシエ法特許発明と積水法とは対象である工程を異にしている。ポリスチロール微粒物から出発してポリスチロールの多孔性成形体を製造する方法は、二つの段階に分けることができ、積水法はその前段階に関するもので、バーヂツシエ法特許発明の範囲はその後段階に関するものであることはすでに述べた。したがつて、積水法とバーヂツシエ法とは、まず第一に、その対象である工程を異にしているから、この点だけからいつても、積水法の実施行為自体がバーヂツシエ法特許発明を実施するものとはいえないことが明らかであるから、その行為がバーヂツシエ法との関係において、特許法一〇一条二号に該当する場合を除きバーヂツシエ法特許権の侵害とならないことは前記のとおり疑いがない。

(二) バーヂツシエ法特許発明の要素である原料の可膨張性ポリスチロール微粒物は積水法によつて得られたものと同一ではない。

1. およそ特許明細書に記載も示唆もされていないものは、その特許権の効力の範囲外にあることは論ずるまでもない。そこで、問題を積水法において用いられるプロパンガスの点のみに限つてみても、バーヂツシエ法特許明細書のどこにも、ポリスチロール微粒物にガスを圧入するというような記載がなされていないことは勿論、それを示唆している箇所もないのである。すなわち、バーヂツシエ法明細書には、特定の易揮発性有機液体を液状で使用することだけを述べて、液体以外の形態で使用することについては全く触れていないのであるから、バーヂツシエ法においては、プロパンガスを使用することについて明示も示唆されていないことはさらに論ずるまでもない。

2. また、すでに述べたように、バーヂツシエ法特許は物理変化を利用する方法であつて、そこに用いられている物質が液体であるか気体であるかということは、これを使用する他の諸条件を左右し、全く方法を異にせしめるものである。

3. かような点よりすれば積水法によつて得られる可膨張性ポリスチロール微粒物は、バーヂツシエ法の要素たる原料と異ることは明らかであつて、積水法はこの点においてもバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属しない。

4. 況んやバーヂツシエ法特許発明の明細書は、ポリスチロール微粒物に膨張能力を与える物質中常温で液体の状態をとる物質以外の物質をすべて除外している。

前述の如く可膨張性ポリスチロールを製造するについては、バーヂツシエ法特許出願以前から諸種の方法が存し、右公知方法のうちには、膨張能力を賦与する物質が液体である場合だけでなく気体を用いる方法も含まれている。現にバーヂツシエ法特許明細書中の発明の詳細なる説明の項に、「他の公知の製造操作では、加熱によつて軟化した人造物質内に、圧力下にある瓦斯を溶解せしめ」とあるのは、気体を用いる方法のことを指しているのであつて、このように、バーヂツシエ法特許の出願者は、ポリスチロールに膨張能力を与えるものには、液体のほかに気体のあることを知つていたにもかかわらず、バーヂツシエ法特許にあつては、ポリスチロールに膨張作用を賦与する物質について常温常圧のもとにおける液体を前提として明細書の全文にわたつて液体の場合のみに限定してその技術内容を説明しているのである。この点よりすれば、バーヂツシエ法特許出願にあたつては、気体をもつてポリスチロールの膨張作用にあたらしめるということは意識して自ら除外した事項に属するというべきである。そして発明者が出願に際し意識しなかつた事項もしくは自ら除外した事項には特許権の効力が及ばないのであるから、積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物を以てバーヂツシエ法の前提とする原料と同一視できないことは明白であり、この点からしても積水法はバーヂツシエ法特許権の効力の範囲外にある。

(三) 積水法は、バーヂツシエ法特許発明とは別個の独立の特許能力のある発明である。

ポリスチロールを原料として、可膨張ポリスチロール微粒物を製造する方法には、すでに諸種の方法が知られているが、積水法が完成される以前には、プロパンガスを使用して可膨張性ポリスチロール微粒物を製造することはこれを完成する者がなかつた。しかるに、積水法は、バーヂツシエ法特許発明の明細書に明示も示唆もされていなかつたばかりでなく、積水法がすぐれた技術効果を有するということは、バーヂツシエ法特許出願当時ばかりでなく積水法完成まで知られていなかつたものであるから、バーヂツシエ法特許発明からその当時の技術水準をもととして容易に推考し得る範囲になかつたことは明らかである。したがつて、バーヂツシエ法特許発明と積水法とはその技術効果において相互に著しいへだたりがあり、積水法は、別個の独立した特許能力を有するものといわねばならない。

(四) 従つてかりに積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物(スチロピーズ)にバーヂツシエ法におけると同一の成形加工工程を施した場合を想定してみても、両者原料を異にしている点で、バーヂツシエ特許発明の技術範囲に低触せず、その特許権の侵害にならないことはいうまでもない。

五、バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲を申請会社の主張のとおりと仮定しても積水法の実施はバーヂツシエ法特許権を侵害するものではない。

(一) 工程結合の特許発明と特許権侵害成立の要件

バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲についての申請会社の主張をポリスチロールに限定していうならば、ポリスチロール微粒物を出発物質として、これに特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませる工程と、これによつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物を特定の条件のもとに特定の型内で膨張成型してポリスチロールの多孔性形体を作る工程との結合、すなわち、ポリスチロール微粒物に膨張能力を与える特定の方法と、そのような特定の方法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物を膨張成形する特定の方法との結合したいわゆる工程結合の発明としているのである。

ところで、かような複数の工程を結合したいわゆる工程結合の特許発明にあつては、その結合された全工程を実施することによつて始めて特許侵害を構成するのであつて、そのうちの一工程のみを実施する行為は特許法一〇一条二号の場合を別とすれば侵害行為とはならない、けだし工程結合の特許発明は、工程を結合したことにより、その結合した全工程に対して特許権を与えられたものであつて、全工程を全体としてみて特許能力があるかどうかが判定されたのであるから、そのうちの一工程を抜き出してみれば公知の場合もあろうし、容易に推考し得る場合もあろう。しかしそれらが他の工程と結合することにより全体として特許能力ありとされたのであり、各工程についてそれぞれ特許権が成立しているわけでないからである。

(二) バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲を申請会社主張のとおりと仮定した場合の積水法との関係

以上の立論を前提として、バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲を、申請会社主張のように、原料である熱可塑性人造物質に何を選択するかというところから始まつて一挙に所望の大きさと形の多孔性成形体を作るにいたるまでのいわば一貫作業について、数個の方法の組合せの考案をもつてその発明の内容としたものと仮定した場合、

1. その一次工程、すなわちポリスチロール微粒物に特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませるという工程のみを実施する行為は、その行為が特許法一〇一条二号に該当する場合を除いてはバーヂツシエ法特許権の侵害とはならず、バーヂツシエ法特許権の存在と無関件に許されるといわねばならない。

2. しかもバーヂツシエ法においては、ポリスチロール微粒物に特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませる工程が前述の如く英国特許第六〇五、八六三号の方法によつて公知となつていたのであるから、この工程の実施行為は公知方法の実施にほかならず、バーヂツシエ法特許権の侵害を構成すべき理由はない。

3. しかも、積水法は、ポリスチロール微粒物に特定の条件のもとでプロパンガスを圧入して可膨張性ポリスチロール微粒物を得る方法であつて、ポリスチロール微粒物に特定の限定を有する易揮発性有機液体を含ませる方法(一次工程)とは単にその出発物質(ポリスチロール微粒物)を同じくするにとどまり、手段および目的物を異にする全く別個の方法であるから、積水法の実施はバーヂツシエ法において結合されている膨張成型工程の実施を欠くという意味からも、かつまたバーヂツシエ法の一次工程とは別個の方法の実施であるという意味からもバーヂツシエ法特許発明の存在と無関係に許されるのである。

4. このように、積水法とバーヂツシエ法の一次工程とは、原料を同じくするのみであつて、手段と目的物を異にしているから、積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物(スチロピーズ)を原料として、これにバーヂツシエ法に用いられるのと同一の膨張成形手段を加えてポリスチロールの多孔性成形体を製造する場合を想定しても、この場合膨張成形工程に用いられる原料(スチロピーズ)は、バーヂツシエ法の膨張成形工程に用いられる原料(スチロポール)とは組成要件を異にする別個のものであるから、両者の膨張成形工程は原料を異にする別個の方法ということになり、右の実施行為がバーヂツシエ法特許発明の技術的範囲に属しないことは疑をいれないところである。(もつとも、バーヂツシエ法において膨張成形に用いられる「閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型」も公知に属すること後記のとおりである)。

六、(申請会社の均等物、均等方法ないし迂回方法に関する主張について)

(一) (均等物および均等方法の概念)

「均等物」または「均等方法」の用語は、特許法における法解釈上認められた法概念であるのに対し、「同族体」は化学上の概念であつて、両者は別個の分野に属し、二つの物質が同族体であることから直ちに均等物であるということは許されない。特許法において確定された均等物または均等方法という概念の内容を、いま、方法の特許発明に則していうならば、方法の発明の三要素である原料、手段および製品のいずれか、またはその各要素に必要な要件のいずれかを他のものと置き換えた場合に、同一の目的と効果とを達成し得る場合のうちでこのような置換可能の事実を当時の技術水準において平均的能力を有する技術者が容易かつ明白にこれを予則し得る場合に限り、この置き換えられた物をもとの物に対して均等物と称し、その方法はもとの特許発明と均等方法として同一発明となりその効力範囲に属するとするのである。すなわち、均等物または均等方法とは、ある方法がもとの特許発明と同一であるかどうか、その効力範囲に含まれるかどうかを判断するための手段として認められるもので、その内容は置換可能性と予測可能性とから成り立つているのである。もつとも本件では、積水法とバーヂツシエ法とは前記の如く製造工程を異にする関係上、均等物、均等方法の概念を入れる余地はないが、バーヂツシエ法の前提とする可膨張性ポリスチロールの要件あるいは製法と積水法とを比較してみても、後記の如く、両者の間に均等物、均等方法の関係はない。

(二) (発泡剤について)

発泡剤が化学上同族体であるからといつて、均等物といえないことは前記のとおりであるが、そのことは、つぎの事例、すなわち、ポリスチロールにネオペンタンを吸収させて可膨張性ポリスチロールを製造する方法に関してすらバーヂツシエ法特許とは別に特許権を与えられていることからも明らかである。

1. 米国ダウ・ケミカル会社が、バーヂツシエ法特許出願後の昭和三二年一一月二二日に同三一年一一月二三日の優先権主張をもつてわが国特許庁に特許出願をし、同三四年九月一一日出願公告がなされた方法(同法についてはその後特許になり、第二五八、二五七号として登録されている)によると、同方法はポリスチロール等にネオペンタンを吸収させて可膨張性ポリスチロール等にネオペンタンを吸収させて可膨張性ポリスチロールを造りさらにこれを対象物質としてセル状の多孔性成形体を製造する方法を内容としている。この方法を申請会社の論法によつて、バーヂツシエ法と比較すれば、両方法は一がペンタンを用いるに対し他はネオペンタンを使用するという相違があるにすぎない。しかも、ペンタンもネオペンタンも化学上同族体であるのみならずその分子式はともにC5H12であつて全く同一である。ただ両者の相違は、ネオペンタンの沸点は摂氏九度であるから常温において気体であるのに対し、ペンタンは液体であるのとその構造式が異なつているにすぎない。このような方法でさえ、バーヂツシエ法とは別に特許権が与えられているということは、とりも直さず同族体を用いることが均等物の使用となり、バーヂツシエ法特許に低触するという申請会社の主張が理由のないことを示している。

2. 申請会社は、右ネオペンタンを使用する米国ダウ・ケミカル会社の特許権の実施は、申請会社の有するバーヂツシエ法特許について、申請会社の実施許諾がなければ許さないと主張するが、申請会社の主張する米国ダウ・ケミカル会社と申請会社との実施許諾契約は、右両会社がそれぞれ米国またはドイツにおいて有している特許発明相互の関係を律する契約で、申請会社の本件バーヂツシエ法特許と米国ダウ・ケミカル会社のネオペンタンを使用する前記日本特許との関係を律するものではないから、これを以て、被申請会社の右主張を否定する根拠にすることはできない。

(三) (可膨張性ポリスチロー粒子について)

積水法は、バーヂツシエ法の定める可膨張性ポリスチロール微粒物と要件あるいは製法を異にし、均等物あるいは均等方法ではない。

1. すでに詳論したように、積水法もバーヂツシエ法もともに物質の物理的な状態の変化を対象とする方法であつて、化学反応を内容とするものではないから、両者に用いられる諸要素の化学的性質からその異同を論ずることは全く誤まつている。ポリスチロールに加工を施してポリスチロールの多孔性成形体を得る方法にあつて、ポリスチロールとその多孔性成形体とはともにポリスチロール(スチロール樹脂)であることに変りはない。ただ、ポリスチーロルに対して、その多孔性成形体は膨張(気泡性化)という物理変化を生じたにすぎない。すなわち、そこにおいて直接利用されるのは膨張という物理現象にほかならない。ポリスチロールの多孔性成形体の製造に関して諸種の方法が知られていたことはすでに述べたが、それらの諸方法はいずれもポリスチロールを膨張きせるという課題を解決したものとしては全く同じであつて、相違する点はその課題をどのようにして解決したかというところにある。

2. 積水法とバーヂツシエ法とについてそのそれぞれの定める可膨張性ポリスチロール微粒物を中心として考えた場合、積水法によつて得られる可膨張性ポリスチロール微粒物は、加熱による樹脂の軟化と加圧のもとに封じ込められた圧縮ガスの膨張という物理現象を利用する思想にもとづくものであるに対し、バーヂツシエ法の原料と予定している特定の易揮発性有機液体を含むポリスチロール微粒物は、液体の気化による体積の膨張という思想にもとづくものであつて、そこに利用される物理現象は両者全くその内容を異にしている。バーヂツシエ法がその原料である可膨張性ポリスチロール微粒物の要件として種々の限定を加えているのは、ポリスチロール微粒物が特定の液体の気化による体積の膨張を利用して膨張し得るための要件を具体化しているものにほかならない。しかるに、もしもそのような要件が、加熱による樹脂の軟化と加圧のもとに封じ込められたプロパンガスの膨張という全く別個の物理現象を利用する積水法の可膨張性ポリスチロール微粒物にまで均等物として及ぼし得るものとするならば、バーヂツシエ法にあつてその原料に加えている諸限定は意味を失い、すべての可膨張性ポリスチロール微粒物は一切バーヂツシエ法の原料である特定の可膨張性ポリスチロール微粒物と均等物と解せざるを得ないこととなるであろう。このような結論が明細書の解釈に関する特許法の原則に反することは明らかである。

3. しかも、すでに述べたように、積水法はバーヂツシエ法と異なるすぐれた技術的効果を有する方法であつて、そのすぐれた技術効果は積水法における諸要素の組合せから生まれているのである。このように、積水法がバーヂツシエ法の有しない技術効果を有しているということは、とりも直さず積水法発明の構成に欠くことのできない事項のおのおのが、バーヂツシエ法における構成諸要素と置き換えることのできないことを示している。そして、この両方法には、他の諸条件の設定について著しい相違を生じ、バーヂツシエ法特許明細書に記載されている実例のどれをとつてみても、他の諸条件に変更を加えない限り、そこに用いられている特定の易揮発性有機液体をプロパンガスと置き換えるのみでは決して同一の効果をもたらし得ないのであり、これをもつてしても積水法に用いられるプロパンガス圧入の方法がバーヂツシエ法の用いるペンタンその他の特定の易揮発性有機液体を含ませる方法と均等であるとする申請会社の主張が理由のないものであることが明らかである。

4. そればかりでなく、バーヂツシエ法特許出願の日である昭和二八年九月一六日以前はいうに及ばず、それ以後も被申請会社以外にプロパンガスを吸収させた可膨張性ポリスチロールの製法についてこれを完成発表したものはなかつた。この事実は、積水法がバーヂツシエ法特許出願以後の技術の進歩による新知見であつてその出願の日には予測することすら不可能であつたことを証明している。もつとも、ポリスチロールに気体を用いてこれを膨張させその多孔性成形体を製造する方法はすでに知られていた。しかしながら、バーヂツシエ法が液体を膨張剤として使用するという系列に立つて、特定の液体を選択することによつて可膨張ポリスチロール微粒物の保存可能性を完成した一方法であると同様に、積水法は従来知られていた気体(ガス)を膨張剤として使用する方法の系列に属しながら、可膨張性ポリスチロール微粒物の保存可能性の獲得に成功したのであつて、この事実は積水法のすぐれた技術効果を強く裏付けるものである。

5. 右の如く、バーヂツシエ法と積水法とが均等関係に立たないことは、熱可塑性人造物質に膨張剤として気体を用いる場合がつぎのとおりバーヂツシエ法と別個に特許が与えられ、または区別されている事実のあることからも裏付けられる。

(イ) 前述の米国ダウ・ケミカル会社の日本特許第二五八、二五七条の如く、ポリスチロール等に気体のネオペンタンを吸収させる方法を始め、摂氏零度近くに沸点を有するガス状のパラフィン系炭化水素を膨張剤として使用する可膨張性熱可塑性合成樹脂の微粒物を製造する方法が、バーヂツシエ法特許よりは後に別個に特許権が与えられている。

英国スチレン、プロダクツ、リミッテッドが、バーヂツシエ法特許出願の後である昭和三一年一二月一日に同三〇年一二月二日の優先権主張をもつてわが国特許庁に特許出願し、同三五年七月五日に特許権が与えられた方法によると、これをポリスチロールについていえば、「ポリスチロールの粒子にポリスチロールの有機溶剤を含浸し、次に沸点が摂氏零度近くのガス状のメタン列又はエチレン列の炭化水素より成る膨張剤を含浸して可膨張性ポリスチロール粒子を製造する方法」である。そして、明細書によると、このような膨張剤としては沸点摂氏零下一〇度から九・五度までのメタン列またはエチレン列の炭化水素があげられている。バーヂツシエ法に用いられるペンタンはメンタン列炭化水素(パラフィン系炭化水素)に属するから、右の方法はポリスチロール微粒物を製造するという範囲ではバーヂツシエ法と全くその揆を一にし、ただ両者はその用いる膨張剤の沸点の範囲が異なり一方は常温では液体であるのに対し、他方は気体であるという差異があるにすぎない。それにもかかわらず、この方法がバーヂツシエ法特許後に出願され特許権を与えられたということは、バーヂツシエ法における膨張剤の沸点の範囲については下限の限定があり、常温以下に沸点を有する物質(すなわち気体)がその範囲に属しないし、また均等関係に立たないことを物語るものである。

(ロ) 申請会社の有するアメリカ特許においても、膨張剤として易揮発性有機液体を用いる方法とガス(気体)を用いる方法とは別個の方法として区別されている。

申請会社はアメリカにおいて、ポリスチロールのような熱可塑性合成樹脂から、その多孔性成形体を製造する方法に関して、

(a) アメリカ特許第二、七四四、二九一号

(b) アメリカ特許第二、七七九、〇六二号

(c) アメリカ特許第二、七八七、八〇六号

(d) アメリカ特許第二、六八一、三二一号

の少くとも四件の特許権を有している。そして右のうち(a)および(c)の両方法は、本件バーヂツシエ法と同一の方法(但し(a)は予備発泡の工程を欠き、(c)はその工程を行う場合に該当する)を対象とするのに対し(b)の方法は、ガスの圧入した熱可塑性合成樹脂の小粒子を原料として、その多孔性成形体を製造する方法を対象としている。すなわち、右(a)(b)(c)の三方法は、いずれも手段および目的物を同じくするけれども、原料として用いられる物質が(a)および(c)は易揮発性有機液体を膨張剤として含有する熱可塑性合成樹脂であるに対して(b)にあつては、ガスを圧入した熱可塑性合成樹脂が原料として使用されている点で異なつている。このように、膨張剤として気体を用いるか液体を用いるかによつて異なつた方法とされることは単にわが国のみならず、アメリカにおいても認められた分類方法で、このことからしても膨張剤として液体と気体の間に均等関係が成り立ち得ないことが推知できる。

(四) (積水法はバーヂツシエ法の迂回方法ではない)

積水法が可膨性ポリスチロール微粒物の製造方法として、諸種の長所を有することについてはすでに述べたが、それらの長所は、ポリスチロール微粒物に特定の条件下でプロパンガスをテトラクロールエチレンとともに用いて、これを微粒物に封じ込めることによつて生れて来るもので、その際テトラクロールエチレンはつぎに述べるように、他の諸要素とともにその作用にあたつているものであつて、決して無用の物質ではない。すなわち、テトラクロールエチレンを使用する積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物は、製造後の放置日数の経過による膨張率の減少が極めて緩漫であるのに対し、テトラクロールエチレンを塩化メチレン(ここに塩化メチレンを選択したのは、バーヂツシエ法特許明細書にこれを用いる実施例があるからである)と置き換えた場合には放置日数の増加に従つて膨張率は急激に低下するのであつて、この事実からいつてもテトラクロールエチレンが無用の物質とはいい得ない。しかも、テトラクロールエチレンは、プロパンガスをポリスチロール微粒物に封じ込めるに際し用いることによつて、微粒物へのプロパンガスの吸収を促進するという効果をもたらすから、これの営む技術作用は多岐にわたつている。これに加えて、積水法はバーヂツシエ法特許出願当時容易に推考し得る方法ではなかつたから、これらの事実からしても積水法がバーヂツシエ法特許方法の迂回方法といえないことは疑いがない。

七、可膨張性ポリスチロール微粒物を出発物質(原料)として、ポリスチロールの多孔性成形体を製造する方法は、バーヂツシエ法以外に諸種の方法が知られていた。

(一) ポリスチロールの多孔性成形体を製造するには、バーヂツシエ法以外に諸種の方法が知られていた。申請会社も認める如く、可膨張性ポリスチロール微粒物を原料としてポリスチロールの多孔性成形体を製造する方法もその一つであつて、バーヂツシエ法特許出願前より公知であつた。それにもかかわらず、バーヂツシエ法がその工程について特許を得たということは、とりも直さず、バーヂツシエ法がこれら公知方法と異なる別個の方法であると認定されたからである。バーヂツシエ法特許明細書の発明の詳細なる説明の項第二段には、その公知事実について、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造ることも公知である。この場合には、多孔性人造物質の塊から機械操作、例えば切断或は削り取りによつて所望の成形体を造る。他の方法では、発泡剤を含有する人造物質を圧搾して予備成形体を造り置き、之を温めて発泡させる。予備成形体の発泡は型の中でも出来るし、又最初得られた寸法の正確でない多孔性成形体を後圧搾して所望の形に仕上げることも出来る」として、バーヂツシエ法以外に諸種の別方法のあることを明らかにしている。なお、英国特許第六〇五、八六三号の方法、米国特許第二、四四二、九四〇号の方法も、バーヂツシエ法と同様可膨張性ポリスチロール微粒物を原料として、ポリスチロール多孔性成形体を得る方法であつて、バーヂツシエ法とその手段を異にする方法である。さらに以下述べるように、被申請会社積水化学もバーヂツシエ法特許より後に新規な方法(積水押出法)を発明し、昭和三三年二月一七日特許出願し、同三五年二月一〇日出願公告決定を得たし(出願公告番号昭和三五―一〇五一八号)スェーデン国イゾレリングス・アクチボラケット・ダブリュー・エム・ビイが昭和三二年一月三一日にわが国特許庁に対して、昭和三一年二月三日の優先権を主張して特許出願をした発明につき同三四年一月三一日出願公告がなされた方法(イゾレリングス法)もあるのであるから、被申請会社積水スポンヂが将来ポリチスロールの多孔性成形体の製造に着手する場合にも、バーヂツシエ法において用いるのと同一の手段を用いる必然性がない。

(二) (被申請会社積水化学の有する積水押出法―出願公告番号昭三五―一〇五一八号の方法について)

被申請会社積水化学の特許出願にかかる前記発明の内容は、(イ)多孔性プラスチックの成型品の製法であつて、(ロ)押出成型機を使用するもので、(ハ)その押出成型機の先端には所望の成型品の形状に配列した複数個の細狭押出間隙を備えた口金を付設してあり、その操作は(ニ)まず押出成型機内の加熱温度で膨張する可膨張性プラスチックを供給し、(ホ)該可膨張性プラスチックを前記の口金の細狭押出間隙から押出し膨張させ、(ヘ)右押出膨張したプラスチックスの表面が軟化状態にある間に相互に融着集束して所望の成型品を得る、という方法である。この方法をバーヂツシエ法で用いられる膨張成形手段と比較すると、両者ともにプラスチックスの多孔性成形体の製造方法に用いられる点では一致しているが、バーヂツシエ法が閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型を用いるのに対し、右の方法は押出成型機を用いるもので、その結果、バーヂツシエ法では可膨張性プラスチックス(ポリスチロール等)を該型中で加熱成形して成形体として取出すに対し、右の方法では、所望の成形体の形状に配列した複数個の細狭押出間隙を備えた口金から押出成型機によつて押出し膨張させ、融着集束することによつて成形体を得るという著しい相違がある。したがつて、仮りにバーヂツシエ法で定められている特定の限定を有する易揮発性有機液体を含む可膨張性ポリスチロール微粒物を原料として、これに被申請会社積水化学の有する右の方法におけると同一の構造を有する押出成型機を用いるという手段によつてポリスチロールの多孔性成形体を製造する場合を想定しても、その方法は用いられる手段が前記のように全く構成と思想を異にするから、バーヂツシエ法は全く別個の方法で、バーヂツシエ法の技術的範囲に属することはあり得ない。このことは右の押出成型機にもとづく方法が拒絶理由なしとして出願公告決定を受けたという特許法の手続面からも裏書されるところである。

(三) (イゾレリングス法について)

右イゾレリングス法をポリスチロールに限定していえば、可膨張性ポリスチロール粒子の一次気泡性化したものを一対の移動する穿孔された無端ベルトの間に入れ、この無端ベルトを加熱区域と冷却区域とを通過させることによつて、一次気泡性化した可膨張性ポリスチロール粒子を膨張成型して、ポリスチロールの多孔性成形体を連続的に製造するという方法である。この方法に用いられる無端ベルトは少くとも二つの側面を限定しているだけであつて、その他の側面は勿論のこと、入口及び出口が全く開放されているから、バーヂツシエ法の手段たる「閉鎖しうるが気密には密閉しえない型」には該当しない。このことは、前同様、膨張成形の原料がバーヂツシエ法におけるものと同一のものを前提としても、それとは全く異る手段によつて多孔性成形体を造る方法のあることを示すものである。

(四) 申請会社は右積水押出法、イゾレリングス法にもとづく方法を、バーヂツシエ法特許の方法をそのまま使用するものであり、仮りに特許となるとしても、申請会社の特許方法を利用する容器についての発明であると主張するが、右の方法で用いられる積水押出成型機は、原料の投入口と成形品の押出口とが完全に開かれているし、またイゾレリングス法における「両端で開き、かつ移動無端ベルトによつて少なくとも二つの側で限定された通路」も両端が開放せられ、しかも被加工物を移動せしめながら連続的に無制限の長さに成形しうる装置であるから、「閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型」とは本質的に異り、バーヂツシエ法特許発明の要旨とするところの一つを欠いているのである。したがつてバーヂツシエ法特許発明と利用関係に立つものでもない。

八、積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物は特許法一〇一条二号に該当するものではない。

(一) 可膨張性ポリスチロール微粒物を原料として多孔性成形体を製造するについては、バーヂツシエ法とは手段を異にする別方法が多数存在することはすでに明らかにしたとおりであるから、たとい、バーヂツシエ法と同一の要件を具えた可膨張性ポリスチロール微粒物を製造するとしても、この行為をもつてバーヂツシエ法特許発明の「実施にのみ使用する物」の生産に該当するとはいい得ない。したがつて、仮りに積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物がバーヂツシエ法における原料としての要件を具備していないという事実を論外に置いても積水法の実施行為が特許法一〇一条二号に該当しないことは明らかである。

(二) しかも、一般に可膨張性ポリスチロール微粒物は、多孔性成形体の原料として用いる以外に用途のないものではなく、可膨張性ポリスチロール微粒物を一次気泡化したものを製品として、そのまま冷蔵庫等の断熱材料として利用し、あるいは、醋酸ビニール樹脂とともにセメントに混入して建築用材料として広く使用されているのであつて、このように他の用途の存するものが、特許法一〇一条二号にいわゆる「発明の実施にのみ使用する物」といい得ないことは当然であろう。なお、ここに一次気泡性化とは、バーヂツシエ法にいう予備発泡(不完全発泡)とは異なり、同法にいう本発泡と同様膨張能力を完全に発揮させるもので、ただ型内で膨張成形するものでないという意味で手段を異にするにすぎないものである。

(三) 申請会社は、「その発明の実施にのみ使用する物」の解釈について、民法五九四条一項を援用し、「物の性質に因りて定まりたる用法に従」わねばならぬと論じ、かつ「業界現実の事態に則して判断しなければならない」旨主張しているが、特許法一〇一条二号の解釈にあたつて、使用貸借に関する前記民法の条文が援用される根拠が不明であるし、仮りに同条が援用されるとしても、右にいわゆる「物の性質に因りて定まりたる用法」とは、これを可膨張性ポリスチロール微粒物に関していうならば、それを「膨張させるという用法」を指すにほかならず、決してバーヂツシエ法特許の内容としているような特定の手段によつて膨張させることのみがこれに該当するものではない。また「その発明の実施にのみ使用し得る物」というためには、その物がその発明の実施に使用されることが現実に客観的に明白であるのみならず、それ以外の用途が全くないといえることが必要であるから、他に用途もあるが実施者の主観的に意図するところは特許侵害品を生産するためであるに相違ないという推定によつて特許法一〇一条二号を適用することは許されない。しかも本件にあつては、被申請両会社にはそのような主観的意図も存在しない。

(四) 仮りに、バーヂツシエ法特許発明の技術的範囲を申請会社の主張するように、ポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与する工程に関する特定の方法と、その方法によつて得られた目的物質を膨張成形する工程に関する特定の方法との工程結合であるとしても、以上述べたところから明らかなように、積水法によつて得られた可膨張性ポリスチロール微粒物(スチロピーズ)の製造が、バーヂツシエ法特許に対する関係で「その発明の実施にのみ使用する物」の生産に当らず、したがつて特許法一〇一二号に該当しないことはいうまでもないことである。

九、(申請会社の特許法七二条に関する主張について)

(一) 特許法七二条にいわゆる利用発明とは、ある特許発明の権利者がその発明を実施するにあたり、その特許発明に先立つて出願された他の特許発明を実施することが必須の要件となる場合に始めて成立するのであつて、いまこれを本件についていえば、積水法について特許権が成立している場合であつて、しかも被申請会社等が積水法を実施したとき、それが同時かつ必然的にバーヂツシエ法特許発明をも実施することとなる場合に始めて積水法特許発明はバーヂツシエ法特許発明の利用発明といい得るのである。しかるに、被申請会社積水化学は積水法について昭和三三年一〇月九日特許庁に特許出願し現に審査手続が継続中であるが、現在はいまだ特許権を有していないのであつて、特許権のない積水法とバーヂツシエ法特許発明との関係について二つの特許発明相互の関係を律すべき利用発明の規定を援用することは時期尚早にすぎている。

(二) 仮りに、特許発明相互の関係を規律すべき特許法七二条の利用発明の規定が、特許権のない新規な発明と特許権のある発明との間においても準用されるものとしても、本件においては、これが準用される余地がない。すなわち、ある特許発明が他の特許発明の利用発明といい得るためには、その特許発明の方法が他人の特許発明の要旨とするところをすべてそのまま含んでいなければならないこと、換言すればその特許発明を実施するときは、同時かつ必然的に先行する他人の特許発明の各要素(発明の要旨)のすべてを実施すを関係になければならない。仮りに両発明の要素の一、二が同一であつても、これをもつて両発明が利用関係にあるといえないことは特許法上異論のないところである。したがつて、本件において、積水法とバーヂツシエ法との関係で利用特許に関する前記法案を準用し得ないことは明らかである。しかも、積水法はすでに述べたようにバーヂツシエ法とは別個のすぐれた新規な発明であるから、将来特許権が与えられてもバーヂツシエ法特許の利用発明とならないことは多言を要しない。

一〇、(被申請両会社は、バーヂツシエ法特許発明の要素たる膨張成型工程を実施していないし、また実施するおそれもないのみならず、加工業者の実施行為との間に共同または教唆の関係もない。)

被申請会社積水スポンヂのスチロピーズの製造販売即ち積水法の実施は何らバーヂツシエ法特許権を侵害するものでないことは、前述のとおりであるが、その点を論外としても、被申請会社ではスチロピーズに膨張成形工程を加えて多孔性成形体を造る計画もなければその生産設備もないし、また成形加工方法としてはバーヂツシエ法とは別個の積水押出法につき特許出願公告による仮保護の権利を有しているのであるから、バーヂツシエ法による膨張成形工程を実施していないのは勿論実施するおそれもないのであつて、この点よりしても、バーヂツシエ法特許権を侵害していないし、また侵害するおそれもないものといわなければならない。

また、被申請会社積水スポンヂは、その製造するスチロピーズを直接加工業者に販売しているのではなくて、特定の商社(墨水産業株式会社、長瀬産業株式会社、日綿実業株式会社、三菱商事株式会社等)に販売しているのである。従つて、それらの商社が買取つたスチロピーズをさらにどの加工業者に販売し、その加工業者がこれをどのような方法で加工し、どのような用途に使用するかは、被申請会社積水スポンヂが知りうるところでもないし、また数多の加工方法、用途のいずれを選択するかにつき、一々指図支配しうるところでもない。現に甲三二号証の二のパンフレットにも、その用途を記述した箇所に「一次発泡粒」が保全充填物として、梱包材として、また土木材料として使用されることを明記しているのであつて、バーヂツシエ法による膨張成形をなすべく勧奨など決していないのである。それゆえ、スチロピーズの加工方法につき、被申請会社積水スポンヂと加工業者との間に意思の疎通などありえず、教唆ないし共同関係などはありうる筈もないから、これを理由にバーヂツシエ法特許権を侵害し、または侵害するおそれあるものとすることはできない。

一一、(申請会社は仮処分の被保全権利を有しない。)

以上被申請会社にバーヂツシエ法特許権侵害の事実なきは勿論、侵害のおそれもない所以を詳述したのであるが、いまこれを要約すると、

(一) バーヂツシエ法と積水法とはその対象とする工程を異にする。

(1) ポリスチロール粒子からポリスチロールの多孔性成形体を造るに至るまでの工程は前述の如く、ポリスチロール粒子から可膨張性ポリスチロール粒子を造る一次工程(膨張能力賦与の工程)と可膨張性ポリスチロール粒子から多孔性成形体を造る二次工程(膨張成形工程)の二つの工程に分たれるが、バーヂツシエ法は右二次の工程を、積水法は一次の工程を対象とし、両者技術範囲を異にするから、積水法の実施がバーヂツシエ法特許権の侵害となることはありえない。

(2) また、バーヂツシエ法の出発原料たる可膨張性ポリスチロール粒子と積水法によるものとは製法、組成を異にする点、可膨張性ポリスチロール粒子には多孔性成形体製造の原料の外に用途がある点ならびに多孔性成形体製造の方法もバーヂツシエ法以外に他の手段がある点よりして、積水法の実施自体が特許法一〇一条二号によりバーヂツシエ法特許権の間接侵害を構成することもない。

(二) バーヂツシエ法が右一次、二次の二工程を対象とする工程結合の発明であるとしても、

(1) 積水法の実施は一次工程のみに関し、二次工程の実施を欠くのであるから、バーヂツシエ法特許権の侵害を生じない。

(2) また右二次工程の対象物質たる可膨張性ポリスチロール粒子には右(一)(2)記載の如く、バーヂツシエ法の実施に使用する以外に別個の用途もあれば、別方法の成形加工手段もあるのであるから、特許法一〇一条二号によるバーヂツシエ法特許権の間接侵害となることもない。

(3) バーヂツシエ法に用いられる特定の可膨張性ポリスチロール粒子と積水法によるものとは、その製法及び組成を全く異にし、均等物、均等方法、利用発明等の関係は全然存しないのであるから、積水法の実施はいうに及ばず、積水法によつて得た可膨張性ポリスチロール粒子にバーヂツシエ法におけると同一の膨張成形手段を加えて多孔性成形体を造つても、バーヂツシエ法特許権の侵害となることはない。

(三) バーヂツシエ法に用いられる可膨張性ポリスチロール粒子と積水法によつて得られたものとの製法、組成の差異を論外においても、

(1) バーヂツシエ法に用いられる可膨張性ポリスチロール粒子の製法と組成とは公知事項に属するから、何人がこれを製造しても、バーヂツシエ法特許の侵害となることはない。

(2) 被申請両会社は、ポリスチロールの多孔性成形体を製造していないし、またこれを製造する計画もなければ、その生産設備もない。従つて、バーヂツシエ法特許権を侵害していないし、侵害するおそれもない。

また、被申請両会社は、被申請会社積水スポンヂより、スチロピーズを購入して、これを加工販売する加工業者に対し、その加工法、用途について何の支配力もなく、また加工業者との間にバーヂツシエ法におけると同一の膨張成形方法により多孔性成形体を造ることについての教唆、共同関係などは全くない。

(四) 右の諸点に照し、明らかな如く、被申請両会社において、バーヂツシエ法特許権侵害の事実なきは勿論、侵害のおそれもない以上、申請会社において、侵害の差止及び請求権を有しないことはいうまでもなく、従つてまた、仮処分の被保全権利を欠くものといわなければならない。

一二、(申請会社に仮処分の必要性もない。)

(一) 被申請会社積水化学は、昭和三四年七月二二日バーヂツシエ法特許について「この特許は特許出願前の公的事実より当業者が容易に類推実施し得る程度のものであつて、特許法一条の発明を構成しない」として無効審判の請求をし、現に特許庁において審判手続が継続中のもので、遠からず審決をみることになつている。バーヂツシエ法特許出願に対しては一旦拒絶査定がなされ抗告審判の結果ようやくにして出願公告がなされたこと、しかも公告期間中に第三者から特許異議申立がなされ、この異議申立が手続外のなんらかの理由によつて取下げられた結果特許を得るにつきことなきを得た事実があり、このような事実を思い合せると前記無効審判の請求が決して理由のないものではなく、かえつてバーヂツシエ法特許が無効原因を帯有していることがうかがわれるのである。元来合成樹脂(プラスチック)の成形工程全般にわたつて、「閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型」を使用することは、バーヂツシエ法特許出願前から公知公用に属することがらであつて、成形に用いられる型はそれが圧縮成形であれ射出成形であれすべて閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型を用いるのである。そうであれば、仮りにそのほかの点を論外に置いて考えても、右のような無効原因を有し近き将来その権利が消滅する申請会社の特許権を基礎にして、本件の如き被申請会社に対し甚大な打撃を与える、仮の地位を定める仮処分を求めることは、その必要性を欠くものとして、許されないものといわなければならない。

(二) 申請会社は、バーヂツシエ法特許権を現在日本国内で自ら実施しておらず、ただその原料である特定の要件をもつて製造された可膨張性ポリスチロール微粒物(スチロポール)をその本国から日本に輸出してこれを日本国内の加工業者に販売しているにすぎない。しかも、申請会社は、西独に本社を有する大会社で、毎年何十万トンのスチロポールを世界中に輸出しており、わが国における販売量はその何十分の一あるいは何百分の一にすぎない。そこで、申請会社の主張がすべて正しいとしても、被申請会社積水スポンヂがスチロピーズを販売することによつて申請会社の蒙る損害はとりも直さずその販売量の減少およびもし実施許諾をしたときは、実施料の減少額との合計額に一致し、明らかに算定可能の損害で、しかも申請会社の規模、全世界での総販売量にくらべほとんど問題とするに足りないものである。これに反し、被申請会社積水スポンヂは積水法による可膨張性ポリスチロール微粒物の製造をその主たる目的の一つとして設立され、その製造設備に数千万円の資本を投下し、八〇名を超える従業員を有しており、本件仮処分がなされるときは、その設立は根底から覆えされ、会社は解散を余儀なくされるとともに、従業員とその家族の生活は危殆に瀕し、後日再びその生産が可能となつた場合にもその経済的基礎の崩壊と社会的信用の失墜とによつて回復し難い損害を蒙るにいたるのである。このように申請会社の蒙るかも知れない損害が算定可能の金額であるのに対し、被申請会社積水スポンヂの蒙るべき損害が回復不能とされるような場合には仮りの地位を定める本件仮処分申請は許されないものというべきである。

第三  疎明関係(省略)

理由

一、(本件における前提的事実)

(一)、申請人会社が、西独ライン河畔ルドウヒス・ハーフェンに本店を有し、現にスチロポールという商品名のもとに可膨張性(発泡性)ポリスチロール微粒物を製造、販売していること、被申請人積水化学工業株式会社(以下被申請会社積水化学という)が、大阪市北区宗是町一番地に本店を有し、合成樹脂製品、医薬品、化学工業製品、および計量器の製造販売等を目的とし、業界においてプラスチックの加工会社として知られた会社であること、被申請人積水スポンヂ工業株式会社(以下被申請会社積水スポンヂという)が、被申請会社積水化学と同一場所に本店を有し、プラスチックスポンヂの製造販売等を目的とする会社であること、被申請両会社の代表取締役がともに同一人であること、被申請会社積水スポンヂがその奈良工場において、スチロピーズという商品名のもとに可膨張性ポリスチロール微粒物を製造し、これを販売していること、右スチロピーズの販売価格がスチロポールのそれに比較して低廉であることはいずれも当事者に争いがなく、(疎明省略)によれば、申請会社は、レッペ博士を中心としてアセチレン高圧反応の開拓に従事し、その応用により、アセチレン、一酸化炭素、水素、アンモニア、ホルマリン等を主原料とし、新反応方式、新触媒による各種化学工業製品の製造を可能とし、一九三〇年ポリスチロールを世界最初に工業的に製造するなど合成化学上の業績が高く評価されている会社であることが疎明される。

(二)、申請会社が、わが国において昭和二八年九月一六日特許出願、同三三年四月二五日公告、同三四年五月二一日特許第二五二、一二〇号として設定登録された熱可塑性人造物質(プラスチック)から多孔性人造物質の成形体を作る方法に関する発明の特許権者であること、「熱可塑性人造物質」とは、これを熱すれば軟化し、その後これを冷却すれば硬化する性質を有する合成樹脂をいい、ポリスチロールも熱可塑性人造物質の一種であり、このポリスチロールの長所が耐水性を有し、老化し難く、化学変化に耐えるのみならず、優れた電気絶縁性を有し、従来日常品例えば家事用品、くしなどの製造に用いられていたこと、多孔性人造物質から作つた成形体はすでに公知であることは、いずれも当事者間に争いがなく、(疎明省略)「ポリスチロール」は単分子のスチロール(モノスチロールあるいは単にスチレンともいう)を重合して得られる重合体で、この軟化点は摂氏七〇度といし八五度であること、「多孔性成形体」とは内部に多数の気孔を有し、しかも一定の形状をもつ物体をいうものであること、多孔性成形体はこれを大別して、内部の気泡が互に連続しているスポンヂゴムのような連続気泡性の多孔性成形体と、内部の気泡がそれぞれ隔壁によつて外部と遮断されている独立気泡性の多孔性成形体とに分けられ、ポリスチロールの多孔性成形体がこの後者に属することが疎明される。そして、可膨張性ポリスチロール微粒物から造られた多孔性成形体がきわめて軽量かつ断熱性、防音性に優れ、固形性および老化に対する抵抗力が強く、水蒸気透過性が低く、化学薬品の作用に侵されることが少ないうえ、外観も純白で清潔感があるなどの長所を有するところから、建築資材、冷凍施設、成形容器、浮揚材、電気絶縁材等各般の用途に利用され得るものであることは、(疎明省略)により疎明される。

二、(主要な争点と判断の順序)

(一)、本件仮処分における被保全請求権の存否の結論、換言すれば被申請会社等が申請会社の本件特許権を侵害しているかどうかの問題は、つぎの事実に関する判断から必然的に導き出されるものであることは、当事者双方の主張に徴して明らかである。

1. 本件特許権の技術的範囲

(イ)  本件特許発明の方法はどこからどこまでの工程を対象とするか。

(ロ)  本件特許発明の方法における発泡剤の範囲

(ハ)  公知の方法と本件特許権との関係

2. 被申請両会社が本件特許権の侵害となる行為を実施しているかどうか。

(イ)  被申請両会社の自ら実施する行為

(1) 被申請両会社の実施する行為の内容。

(2) その行為が本件特許権の侵害となるかどうか。

(ロ)  加工業者との関係

(1) 加工業者との関係で本件特許権の共同侵害となるか。

(2) 本件特許侵害の教唆行為の有無、およびそれが特許侵害を構成するか。

(ハ)  スチロピーズの製造が本件特許権との関係で均等物の使用または均等方法となるか、さらに迂回方法となるか、あるいは利用関係に立つか。

3. スチロピーズの製造販売が特許法一〇一条二号に該当するか。

(二)  よつて、以下右の順序で判断を進めるが、申請会社の有する前記特許第二五二、一二〇号として設定登録された特許(本件特許ないしはバーヂツシエ法特許という)は、旧特許法(大正一〇年法律九六号)施行の際、すなわち、昭和三四年五月二一日に設定登録された旧特許法上の特許権であるが、新特許法施行法(昭和三四年法律一二二号)三条により、新法の施行された昭和三五年四月一日以降新特許法(昭和三四年法律一二一号)による特許権となつたものとみなされ、本件特許権については新法が適用されるから、以下特にことわらない限り特許法の条文は新法を指すものとする。

三、(本件特許発明の技術的範囲)

(一)  本件特許発明の方法は、熱可塑性人造物質から多孔性成形体の製造方法に関する発明であるが、その特許権の効力の及ぶ範囲について、申請会社はその主張の六特徴が順次結合された方法全体にわたるものであると主張するのに対し、被申請両会社は、これを特定の易揮発性有機液体を含ませたポリスチロール等人造物質の微粒物を出発物質として、これから人造物質の多孔性形成体を造る方法のみに限られると主張している。特許権は特許を受けている発明すなわち特許発明を直接支配する権利で、発明は自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうから、特許権の効力の及ぶ範囲は、その特許権の対象となつている技術的思想の範囲、すなわち特許発明の技術的範囲にほかならない。したがつて、特許権の効力の及ぶ範囲は、その特許発明の技術的範囲を解明することにより明らかにされる。

(二) 特許法七〇条は「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定められなければならない」と規定し、同法三六条五項は「特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない」と規定している。特許法七〇条の規定は、新特許法により新設された規定で旧特許法にはこれに該当する条文がなかつたのであるが、もともと特許請求の範囲の記載は、明細書中の「発明の詳細なる説明」の項に記載した発明の要部(発明の構成に欠くことのできない事項)のみを簡明に示すものにほかならないから、その記載はある場合には抽象的、ある場合には簡略に過ぎ、発明の技術思想の確定に因難を生じるから、その特許発明の技術的範囲を定めるにあたつては、特許請求の範囲の記載をもとにしてなすべききは勿論であるが、他の資料による補充的判断を許さないわけでなく、明細書中の他の項の記載はもとより、場合によつては、特許出願当時の技術水準、更には出願当時の経過を通じて表示された出願者の意図ならびに特許庁の特許付与に対する意思解釈をも考慮に入れて判断することは許されるのであつて、本条は、特許発明の技術的範囲を定めるにあたつては、特許請求の範囲の項の記載から逸脱してこれに記載されていないものを発明の内容として取り上げてはならないことを明示したにとどまるものと解すべきである。

(三)  (本件特許発明の方法における対象となる工程)

1. 本件のような、方法に関する発明の技術的範囲を定めるにあたつては、当該発明がどこからどこまでの工程を対象としているか、あるいはいかなるものを原料(出発物質)として、いかなる手段で、いかなるもの(目的物)を作るかということについて解明されなければならないところ、人造物質からその多孔性成形体を製造する方法については、理論上人造物質に膨張能力を賦与する段階と、膨張能力を与えられた人造物質を膨張成形する段階とに区分され得るが、申請会社の主張の要旨は、本件特許発明の技術的範囲は右両段階を含むというのに対し、被申請両会社の主張は、右両段階のうち後の段階の工程のみが本件特許発明の技術的範囲に属するというに帰するのである。

2. (疎明省略)本件特許発明の明細書中の特許請求の範囲の項には、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を作る方法において、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体か、あるいは単にこれを膨張させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロール、人造物質様、もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル酸メチルエステルを、直ちにあるいは予備気泡化した後に閉鎖し得るが、気密に密閉し得ない型の中に入れ、此処で該液体の沸点以上の温度で、人造物質が軟化するまで加温することを特徴とする多孔性成形体の製法」と記載されている。

3. 本件特許発明の明細書の特許請求の範囲の項において出発物質の認定に考慮されるべき部分は、「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を作る方法において、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル酸メチルエステル」と記載されている部分である。したがつて、右の記載のうち、冒頭の「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を作る方法において」という句を除外して考えれば、被申請両会社主張のように、「人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む」という句は、つぎの「微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル酸メチルエステル」(以下微粒状ポリスチロール等という)を限定する形容句というようにとれないわけでもなく、そうであれば、本件特許発明の方法における出発物質としては、特許の易揮発性有機液体を含ませて膨張能力を賦与された微粒状ポリスチロール等、いいかえれば、特定の易揮発性有機液体を含む可膨張性ポリスチロール微粒物ということになるが、前記のように発明の技術的範囲を定めるにあたつては、単に特許明細書中の特許請求の範囲の項の記載のみに限局されるものではないから、以下更に検討を要する。

4. (疎明省略)本件特許発明の明細書「発明の詳細なる説明」の項には、本件発明の目的の構成および効果として、「本発明は、有利的に〇・五ないし五ミリメートルなる粒子大の小粒子形にあるポリスチロール、人造物質もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル形メチルエステルでこれら物質を溶かさない易揮発性有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含有する前記物質を閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型内で、該液体の沸騰点以上の温度で、該物質が軟化するまで加熱すると、随意の形と随意の大きさで特に正確な寸法を持つた多孔性成形体を前記の人造物質から造ることを明らかにしたものである。」と記載され、続いて「前記の人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物とは、ポリスチロールあるいはポリメタクリル酸メチルエステルのごとく熱可塑性物質である。チチロール共重合物を意味する。」と記載されていて、生の人造物質(発泡剤を含まないもの)から多孔性成形体を造る方法であることが表示され、ついで可膨張性人造物質の微粒物を造る方法が詳述され、同項の実施例にも人造物質を微粒状にする工程、微粒状の熱可塑性人造物質に膨張能力を賦与する工程についての詳細な記述がみられるのである。また、(疎明省略)本件特許発明については、その特許出願の審査の手続において一旦拒絶査定を受け、抗告審判の手続において、原査定が破棄され特許すべきものと審決されたものであるが、この審決の理由によれば、「本願の方法は特にポリスチロール、スチロール共重合物またはポリメタクリル酸メチルエステルを使用して前記一般法では操作の困難な点を容易とした」ことが特許すべきこととした理由の一つとしており、「前記一般法」として審決に引用されている方法と本件発明との関係について「前者には後者の方法の要件である人造物質の軟化点より低い沸点を有する有機液体を使用し、型として特に気密には密閉し得ないものを使用して発泡されることなどについて記載されていない」として、本件発明の特徴として、人造物質に特定の膨張剤を使用することと成形加工について特定の型を使用する点とを併記しているのである。もつとも右審決によれば、本件特許出願当時公知の方法であつた英国特許第六〇五、八六三号と本件特許発明との比較につき、両者は使用する合成樹脂の種類、有機液体の限定、型を使用することなどでは一致していることを認めているが、本件発明の方法が一挙に目的の成品を得ることができる点に特徴を求めて工業的発明を構成するものとしている。以上の事実に本件特許発明の明細書特許請求の範囲の項の冒頭に「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法において」という記述ならびに本件特許発明の名称として「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法」と記載され、「可膨張性人造物質の微粒物より多孔性成形体を造る方法」とされていない事実をもあわせて考えると、本件特許発明の方法は、熱可塑性人造物質から多孔性成形体を造る方法において、他の多くの種類の熱可塑性人造物質(熱可塑性人造物質について、前記のもの以外に多くの種類のものがあることは弁論の全趣旨からうかがえる)のなかからポリスチロール、スチロール共重合物またはポリメタクリル酸メチルエステルを選択し、これを出発物質として、これに膨張能力を賦与する工程として、右出発物質であるポリスチロール等を微粒状にし、かつ、これに「人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体」を含ませる工程を経て、膨張成形工程すなわち上記の物質を「直ちにあるいは予備気泡化した後に閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型の中に入れ、ここで該液体の沸点以上の温度で人造物質が軟化するまで加温する」という工程にいたるもの、換言すれば上記数個の工程のことごとくを包含し、これを結合して一挙に目的物である成形体を造る方法に関する発明というべきである。もつとも膨張能力賦与の工程については、特許請求の範囲の項の記載が具体性を欠くきらいはないものでもないが、右は後記の如く、一面公知の方法に属するのと、実施例においてなされた詳細な説明を以て補充する趣旨であると解すべきである。また(疎明省略)本件特許出願に対する当初の拒絶査定の理由中に易揮発性非溶媒有機液体を含む熱可塑性人造物質の微粒物をもつて、本件発明の出発物質とみている旨の記載があるが、発明の技術的範囲を定めるにあたつて右の如き拒絶査定の理由にき束せられる道理はないし、また抗告審判において結局工業的発明を構成するものと審決された本件の場合にあつては、何ら前記認定の支障にはならない。さらに、(中略)本件特許明細書中「発明の詳細なる説明」の項には一個所「原料として使用する人造物質の粒子を造るには……」と記載されている部分のみからすれば右人造物質の微粒物とは可膨張性のものを指すようにみられないことはないが、また単なる人造物質の形容詞に過ぎないものとする考え方もできるのであつて、用語の正確を欠くきらいがあるのみならず、明細書の全文と対比してみれば、これをもつて出願者が本件発明の方法における出発物質を前記特定の有機液体により膨張能力を賦与された人造物質の微粒物であると限定したものとみられず、右の記載があるからといつてまた前記認定を動かすに足りない。

5. 被申請両会社は、本件特許発明の対象となる工程を前記認定のようにみることは、その特許明細書の実施例の記載を不適法なものとし、特許法における一発明一出願主義に反すると主張する。しかしながら、特許法における一発明一出願の原則は、発明の性質から生じた実体的理由を有するわけのものではなく、特許発明の技術的範囲を簡明にするための形式的あるいは便宜的理由をもとにしたものにすぎず、したがつて、これに反した特許出願に対して与えられた特許権の効力を失わしめるなんらの理由もないのみならず、一発明一出願の原則は特許明細書の特許請求の範囲の項に記載される発明が一つでなければならないことを意味するに止まるのであるから、一発明一出願の原則に反した記載が特許明細書の特許請求の範囲の項以外の記載部分にあるからといつて、必ずしもこれをもつて発明の技術的範囲を縮減して解釈しなければならない理由とすることはできない。そればかりでなく、特許明細書の実施例に記載されているすべての技術内容が当然特許発明の技術的範囲に属するということにもならないのであつて、要は明細書中の特許請求の範囲の項の記載を基準として、これに包含される範囲における実施例の技術内容の記載を特許発明の技術的範囲の確定に考慮すべさものである。ところで(疎明省略)によれば、可膨張性人造物質の微粒物を得る工程について、本件特許発明の明細書「発明の詳細なる説明」の項には、膨張能力を賦与した人造物質の塊を粉砕して可膨張性人造物質の微粒物を得る方法と、すでに粉砕した人造物質の微粒物に膨張能力を賦与する方法とが併記されていることが疎明されるが右は実施例の文言自体が示すようにすでに認定した人造物質から可膨張性人造物質の微粒物を造る方法を具体的に実施する場合の態様が二つに細分化されることの説明にすぎないものというべく可膨張性人造物質の微粒物を造るという方法自体は一つであるから、このような記載があるからといつて、その実施例の記載を不適法ならしめることもまた一発明一出願の原則に反することともならない。また本件特許明細書には、実施例3.、6.の如く、スチロール単量体を重合せしめてポリスチロールを得る段階において発泡剤を含ませる工程も記載されているが、右はスチロールがポリスチロールの原料である関係から、附加的な実施例を挙げたに止まるものというべく、かように関連する二つの原料を実施例にかかげたからといつて、ただちに一発明一出願主義に反するものとはなし難いし、また前記特許発明の技術的範囲の認定に支障を及ぼすものとは解し難い。しかのみならず、右のような実施例の記載があるからといつて、本件特許発明の技術的範囲を被申請人主張の如く、成形加工工程のみに限定しなければならない必然的な道理もない。むしろ被申請人主張の如く、特許発明の技術的範囲を成形加工工程のみにしぼるときは、膨張能力賦与の工程に関する実施例の多くの記載は、全く無用のものとなるのであつて、この点からしても被申請人の主張は是認し難い。

(四)  (本件特許発明の方法における発泡剤の範囲)

1. 本件特許発明の技術的範囲のうち、人造物質に膨張能力を賦与させる発泡剤(膨張剤)の選択につき、申請会社は、本件特許発明の方法において使用される発泡剤は、人造物質の軟化点より低い沸点を有するものをいい、それが人造物質の軟化点より低い分にはいくら低くてもかまわず、したがつて、沸点が常温以下の物質、すなわち常温においては気体の状態にある発泡剤の使用もまた本件特許発明の技術的範囲に含まれると主張する。しかしながら、(疎明省略)本件特許発明の明細書には発泡剤としてその特許請求の範囲の項には「人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体」とのみ記載され、しかも同項に「該液体の沸点以上の温度で人造物質が軟化するまで加温する」との記載があり、これらの綜合的な観点からも、はたまた、(疎明省略)液体とは特段のことわりがない限り、常温常圧下における状態を標準とする概念であり、この状態において気体にあるものを含まない用語例からしても、右「易揮発性有機液体」の中に常温常圧下において沸点以上にある気体を含ませる趣旨の記載とは考えられない。しかのみならずその明細書の「発明の詳細なる説明」の項に、本件発明の方法において使用される発泡剤としては、「軟化点摂氏三〇ないし一〇〇度なるポリスチロールに対しては、摂氏三〇ないし八〇度で沸騰する脂肪族あるいは環式脂肪族炭化水素が好適であつて、例をあげれば、石油エーテル、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサンのごときである。」とされ、その実施例についてみても、発泡剤を人造物質の微粒物に吸着させる工程については、液体を前提とした工程が詳細に記載され、気体を前提とした工程についてはなんら触れるところがないうえ、その明細書「発明の詳細なる説明」の項には、公知の方法の一つとして気体(ガス)を使用する方法を揚げて、本件特許発明がこれら公知の方法と異る所以を説明していることが疎明される。しかも人造物質の多孔性成形体はすでに本件特許出願前公知であり、この製造方法についても後に認定するとおり他の公知方法あるいは別に特許権を与えられた方法があり、これらにおいても人造物質に膨張能力を賦与するために発泡剤を使用する方法も多く、これら各方法においてもいかなる発泡剤をどのような工程のもとで人造物質に含ませるかという点にそれぞれ独自の考案がみられるのである。

2. してみると、本件特許発明の方法に使用される発泡剤は、「人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体」という特定の条件を満たす物質に限られ、他の物質を発泡剤として使用することについては本件特許発明の技術的範囲に属さないというべきである。

およそ、特許出願にあたり、特許請求の範囲を限定し、特許保護の範囲を縮少するが如きことは稀有のことであるから、本件の如く特許明細書に他にも公知の方法があることを指摘しながら、その方法をとらず、特定の限定した方法を特許請求の範囲としているような場合には、右限定も亦特許発明の特徴をなすのであつて、申請人主張の如く、ポリスチロール等出発物質の選択の面で特許発明の特色を認めながら、膨張剤の点で、右限定をルーズに解し、その趣旨を失わしめるような解釈をすることは、とうてい是認できない。

(五)  (本件特許出願当時公知であつた可膨張性ポリスチロール微粒物の製造方法と本件特許との関係)

1. 被申請両会社は、本件特許出願当時ポリスチロール等に膨張能力を賦与して可膨張性ポリスチロール微粒物を造る方法については公知であつたと主張し、この主張がそれゆえに本件特許発明中の右公知部分については特許能力なく、したがつて本件特許発明の技術的範囲は右公知部分を除く部分に限局されるべきものとする主張をも含むとしても、方法の発明においてその個々の工程の全部または一部について公知であつても、だからといつて直ちにその方法が特許能力を欠きまたは公知部分を除外して発明の技術的範囲を定めなければならないものではない。

2. (疎明省略)つぎの事実が疎明される。

昭和二六年一月五日特許庁資料館に受入れられ、また昭和二八年三月二〇日発行の書籍仲森清著「スポンヂ」に引用され、したがつて本件特許出願当時公知の文献であつた特許権者エクスパンデット・ラバ社等の有する英国特許第六〇五、八六三号明細書によると、「スチレンおよびメタクリル酸メチルエステルの重合体および共重合物のような合成樹脂もしくは繊維素誘導体組成物のバラバラの微粒物を石油エーテルのような揮発性の非溶剤(これはアセトン、酢酸エチルまたはベンゼンのような溶剤および染料を含んでもよい)で湿らせ、この湿つた粒子を型に入れて中で最終製品を縮少した形の半製品を作る。つぎにこの半加工品を加熱して微粒物を一体に半融させ、型から取出した後組成物が可塑化され揮発性液体が気化する温度に加熱し、半加工品を膨張させる。膨張した半加工品は熱プレスを施して製品の最終形状を形作ることができる。半加工品は完成品より大きい寸法にまで膨張させた後最終成形操作において正確な寸法に縮めることができる」と記載されている。

3. 前項認定の事実によれば、本件特許出願当時すでに公知の方法であつた前記英国特許の方法は、人造物質を微粒状で使用し、これに膨張能力を賦与して可膨張性人造物質を造る工程を経て、多孔性人造物質の成形体を造る方法に関する発明であり、この方法と本件特許の方法とをその可膨張性人造物質の微粒物を造る工程について比較すると、原料の人造物質として、英国特許の方法がスチレンならびにメタクリル酸メチルエステルの重合体および共重合物、繊維素誘導体組成物を選択するのに対し(スチレンがスチロールの同義語であり、この重合体がポリスチロールといわれることはすでに認定した)、本件特許の方法(バーヂツシエ法)がポリスチロール、スチロール共重合物または、ポリメタクリル酸メチルエステルを選択し、人造物質の微粒物に膨張能力を賦与する発泡剤(膨張剤)の選択の点で、英国特許の方法が石油エーテルのような揮発性非溶剤を選択するのに対し、本件特許発明の方法は人造物質の軟化点より低い沸点を有する易揮発性非溶性または人造物質を膨潤させるだけの易揮発性有機液体を選択している。問題を更にポリスチロールに限定していえば、両者はともにポリスチロールを微粒物の状態で使用し、特定の易揮発性非溶剤の有機液体を発泡剤として可膨張性ポリスチロールの微粒物を造る工程においては同様で、単に発泡剤の選択の点で本件特許発明の方法が「人造物質の軟化点より低い沸点を有する」という限定を加えている点で差異があるが、右のような限定を加えなくても、多孔性物質を造る目的及び右有機液体の性質機能よりして当然そうなるのであるから、この点は両者の異同に何の影響もないものというべきである。してみると、多孔性成形体を造る方法においてポリスチロールから可膨張性ポリスチロール微粒物を造る工程については本件特許出願前すでに公知であつたというべきである。

4. 右の如く、可膨張性ポリスチロール微粒物を造る方法について、本件特許出願当時すでに英国特許の方法が知られていたのであり、さらにまた、本件特許発明が何を課題としてなされたものであるかといえば、従来多孔性成形体を造るには、多孔性人造物質の塊を機械操作、例えば切断、削り取りの方法によつて所望の形に仕上げるか、圧搾して所望の形にするか、または発泡剤を含有する人造物質を圧搾して予備成形体を造つておきこれを発泡させるという方法、あるいは前記英国特許の如く、可膨張性粒子を型に入れ、最終製品のより縮少した形の半加工品を造り、これを加熱して微粒物を一体に半融させた後、これを型から取出し、組成物が可塑化され、揮発性液体の気化する温度に加熱して半加工品を膨張させ、これを熱プレスにより最終形状の成形体に形作るという方法が用いられており、その操作、工程が複雑、煩さであつたのを簡素化し、一挙に随意の形状、大きさ、特に正確な寸法をもつた多孔性成形体を造ることに考案、工夫がなされたものであることは、本件特許明細書、とくに「本発明によつて気孔性にする場合に、前もつて特に圧力を使用することなくして、人造物質の各粒子を多孔性成形体に結合させ得ることは誠に目新しいことである。」旨の記載から明らかであつて、この点よりすれば、本件特許発明の主要点は膨張成形工程にあるといえるのであるが、その対象物質である可膨張性ポリスチロール微粒物は一般に存在する原料ではなく、従つて一般の原料たる熱可塑性人造物質から多孔性成形体を造るという工業的な一貫方法としては、前記人造物質の微粒物に膨張能力を賦与する工程も不可欠の構成要件をなすのであり、本件特許は、この観点から両者の工程を結合した統一的なものに対して附与されたものとみるべきである。そしてこのような数個の工程を結合して一個の発明を構成すべき特許発明の方法にあつては、その個々の工程に公知のものがあつても、全体としての工程の結合につき工業的発明を構成するものとなすことを妨げるものでないから、本件特許発明の方法の一部の工程である可膨張性ポリスチロール微粒物を造る工程について公知の方法があつても、全体として不可分的な一体的なものである以上右公知の部分について特許能力なく、発明の技術的範囲から除外わべきものとはいえないのである。

なお被申請人は本件特許発明の成形加工工程も公知に属するかの如く主張するのであるが、この点は公知であるかどうかにかかわらず、とにかく新規性ありとして特許せられたものであることは、被申請人も争わないのであるから、特許無効の確定審決がない限り、これと異る判断をし、特許権を否定することができないことはいうまでもない。

(六)  (本件特許発明の技術的範囲)

1. 以上認定の事実に徴すれば、本件特許発明の技術的範囲には、人造物質に膨張能力を賦与する工程とその成形加工の工程の二つの工程が包含されるもの、さらにいえば、特定の人造物質を微粒状にし、かつこれに特定の発泡剤を用いて可膨張性人造物質の微粒物を造り、これを特定の型に入れて加温して多孔性人造物質の成形体を造る数個の経時的方法の結合をもつて発明の技術的範囲とするもので、ここにおいて可膨張性ポリスチロールの微粒物は、ポリスチロールを微粒状にし、かつこれに膨張能力を賦与する段階と成形加工の段階との間に造られる中間物質というべきである。

2. 本件特許発明の技術的範囲の内容を経時的に分解すれば、つぎのような順序と内容とから成つている。

(イ)  熱可塑性人造物質のうち、ポリスチロール、スチロール共重合物または、ポリメタクリル酸メチルエステルを使用すること。

(ロ)  右人造物質を微粒状で使用すること。

(ハ)  右人造物質の微粒物に、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体かあるいは単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を発泡剤として使用すること。

(ニ)  膨張能力を与えられた人造物質の微粒物(可膨張性人造物質の微粒物)を直ちにあるいは予備発泡した後に閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型の中に入れること。

(ホ)  右型の中で、発泡剤の沸点以上の温度で、人造物質が軟化するまで加温すること。

四、(本件特許権の侵害―その一、特許法一〇〇条違反の主張に対する判断)

(二) (被申請両会社の実施行為と本件特許権侵害の成否)

1. 申請会社は、被申請両会社が、本件特許の方法と同じ方法によりポポリスチロールの多孔性成形体を自ら製造しもしくは製造しようと企図しており、または、被申請会社の加工業者と共同して、もしくはこれを教唆して製造しもしくは製造させていると主張するので以下順次判断を進める。

2. (被申請両会社が自ら実施し、または実施しようとしている行為)

(イ)  被申請会社積水スポンヂが、現に、ポリスチロールを微粒状で使用し可膨張性ポリスチロール微粒物を製造し、これをスチロピーズという商品名のもとに販売している事実はすでに認定した。しかしながら、被申請会社積水化学が、同様現に自ら可膨張性ポリスチロール微粒物を製造、販売しているという事実についてはこれを疎明するに足る資料がなく、また被申請両会社が、自ら右スチロピーズを使用して多孔性成形体を業として製造しているという事実については、(中略)これを疎明するに足りる資料はなく、かえつて、(疎明省略)によれば、被申請会社においては、現在可膨張性ポリスチロール微粒物からその多孔性成形体を造る設備もなければその意図もないことが疎明される。もつとも、被申請会社積水化学が、後に認定するように、熱可塑性人造物質からその多孔性成形体を造る方法について押出機を使用する方法について特許出願をしており、右押出機によつても可膨張ポリスチーロル微粒物から多孔性成形体を造ることができるのであるが、被申請両会社は右押出機を使用する方法についても自らこれを実施しておらず、また実施する計画も現在有していないことが(疎明省略)うかがえるのである。(中略)他に右認定を覆すに足る資料がない。右の事実によれば、被申請両会社が、自らポリスチロールの多孔性成形体を製造し、もしくは製造するおそれがあることを前提としてその行為の差止めを求める申請会社の請求部分は、すでに理由がないこと明らかである。また右スチロピーズの製造を以て、本件特許方法の一次工程たる膨張能力賦与の方法に抵触するとしても、二次工程の成形加工工程を実施していないし、また実施するおそれのないこと前認定のとおりであつてみれば、特許法一〇一条二号に該当する場合を除き、本件特許権の侵害にならないこと後記説示のとおりであるから被申請会社積水スポンヂに対し右侵害を理由に、スチロピーズの製造販売等の差止めを求めることも許されないものといわなければならない。

(ロ)  なお、申請会社は、本件特許発明の方法による多孔性成形体を製造する方法は、簡単な設備をもつてなし得るから、被申請両会社のような諸般の設備を有する会社では、いつこのような設備をととのえその成形加工を行うかわからず、本件特許を侵害するおそれが大であると主張し、本件特許発明の方法による成形加工の工程は、予備発泡用の容器と、本発泡の型に使用される金属箱、およびボイラー等の加熱装置があれば行うことのできるものであることは、(疎明省略)により疎明され、被申請会社がこれを実施しようとすれば、その資本、設備の規模からさして困難な事柄に属しないことが弁論の全趣旨からうかがえるが、だからといつて、これをもつて被申請会社等が自らその成形加工をするおそれがあるとはいえない。なんとなれば、「特許権の侵害のおそれ」とは、単にその行為を実施することが相手方に可能であるというだけでは足りず、その侵害の可能性が客観的にきわめて大きい場合に該当しなければならないからである。ところで、本件にあつては、すでに認定したとおり、被申請両会社には可膨張性ポリスチロール微粒物を使用して成形加工するための工業的設備をもたないことはもとより、現在これを成形加工する意図もないから、被申請会社の規模からその実施行為が可能というだけでは、その侵害の可能性が客観的にきわめて大であるとはいえないのである。

3. (加工業者との関係で本件特許侵害が生ずるか)

(イ)  本件のような教個の工程が結合して一個の発明が構成されている特許権にあつては、これに対する特許法一〇〇条にいう侵害が成立するためには、その方法の全部について同じ方法(均等方法、迂回方法をも含めて)で実施する場合に限られるのであつて、単にその一部を実施するにすぎない場合は、それが特許法一〇一条二号に触れる場合を除いては、その特許権を侵害することにはならないというべきである。なんとなれば、工程結合の特許発明は前にも一言触れたように、工程を結合したことに、その結合した全体の工程について一個の特許権が成立するのであつて、その個々の工程について特許権が与えられるものではなく、その個々の工程の全部または一部が公知であつてもその結合の方法が新規であるとか、他の工程が新規であつて、全体として不可分的な一体をなすものであれば、全体として一個の工業的発明を構成するものであるから、その結合された全工程を他人が実施する場合に初めて特許侵害といえるのであつて、そのうちの一部の工程を実施するのみでは、足りないのである(いわんやその一部の工程が公知方法である場合においておやである。)ただ、他人の特許方法の一部分の実施行為が他の者の実施行為とあいまつて全体として他人の特許方法を実施する場合に該当するとき例えば一部の工程を他に請負わせ、これに自ら他の工程を加えて全工程を実施する場合、または数人が工程の分担を定め結局共同して全工程を実施する場合には、前者は注文者が自ら全工程を実施するのと異ならず後者は数人が工程の全部を共同して実施するのと異ならないのであるから、いずれも特許権の侵害行為を構成するといえるであろうが、単に他人の特許権の実施となることを予測してその材料あるいは中間物質を供給するとか、これらの物質を他人の特許方法の実施に使用することを勧告するとかいう程度では、後記特許法一〇一条二号に該当する場合を除き、そのこと自体はいまだもつて他人の特許権を侵害したということにならないことはもとより、特許権侵害のおそれある場合にも該当しないというべきである。ただし、その材料の供給を受けたものにおいて特許方法を実施するか、または中間物質の供給を受けたものにおいて特許方法のその余の工程を加えて最終物質を造る場合、またはそのおそれある場合はすなわち、そのものは他人の特許方法をそつくり実施するものであるか、あるいはこれと同一視しうる行為(既成の中間物質に具現された工程の一部実施の結果を承継利用してその余の工程を加えることは、自ら全工程を実施するのと同一に帰する。)に出るもの、またはそれらのおそれあるものといえるのであるから、そのものについては特許権を侵害するもの、またはそのおそれあるものといいうることは勿論であり、これらのものに対し、特許権に基く侵害の停止または予防の請求をなしうるとともに不法行為の成立要件を充す以上、損害賠償請求をなしうることはいうまでもない。

そして、これにともない、材料または中間物質を供給し、その使用による特許方法の実施を勧告したものについて、特許侵害の教唆者または幇助者として不法行為上の損害賠償責任を生じる場合のあることは民法七一九条二項に照し論なきところであるが、それだからといつて、ただちに右の如き教唆者、幇助者に対し特許権侵害の停止または予防の請求をなしうるものとは解し難い。けだし教唆者、幇助者は、いずれも自ら権利侵害行為をなすものでないのにかかわらず、民法は不法行為による被害者保護の観点から、とくにこれを共同不法行為者とみなし、同一の損害賠償責任を負わしめたに止まるのであり、これに対し特許権侵害の停止、予防請求権は、特許権が排他的な支配を内容とする権利であることよりして、当然派生する物上請求権的な権利であり、いつに特許権の内容たる排他的な支配の維持を目的とするものであつて、両者制度の目的を異にするのであるから、後者の請求権の発生要件、権利行使の相手方は不法行為上の損害賠償責任の有無とは無関係に定められるべきものである。この観点よりすれば、侵害の停止、予防請求権は特許権の排他的な支配を現実に妨害し、または妨害せんとするものがある場合に発生し、かつ、そのものに対して行使すべきものといわなければならない。詳言すれば、特許権が、方法の特許発明に関するものであれば、その方法の排他的な実施を妨げ、または妨げんとするもの、すなわち、無断でその方法を実施するもの、または実施せんとするものがある場合に、そのものを相手方として権利を行使すべきである。単なる教唆者、幇助者の如く、直接特許方法の実施に関与しないものは、他人が右教唆、幇助により特許方法を実施するかどうかにかかわらず、自らは特許権の侵害行為を実行するものでなければ、また実行せんとするものでもないのみならず、他人の特許方法の実施を停止しまたはその実施を防止するにつき、支配的な直接的な役割を果しうる地位にもないのであつて、かようなものは特許権侵害の停止または予防請求の相手方たりえないことは、右請求権の性質に徴し自ら明らかなところであるからである。これを要するに、特許権侵害の停止または予防請求の関係においては、特許方法に使用することを予測しながら、その材料または中間物質を供給するとか、あるいは右使用による特許方法の実施を勧告説明するというだけでは、特許法一〇一条二号に該当する場合を除き、そのこと自体は、特許権を侵害するもの、または侵害するおそれあるものとすることはできないのであるから、中間物質等を製造しその供給をなすもの、または右の勧告をなすものに対し、特許権に基いて、これらの差止または予防の請求をすることは許されないものといわなければならない。そしてまた、このことはつぎの特許法一〇一号二号の規定新設の趣旨ならびにその立法経過からも首肯できるところである。すなわち、特許法一〇一条二号によれば、「特許が方法の発明についてされている場合において、その発明の実施にのみ使用する物を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示し又は輸入する行為」を特許権侵害とみなす旨規定している。しかしながら、右の行為は本来それだけでは独立して特許権の侵害を構成しない行為であるが、方法の特許発明にあつては、現実に特許権を侵害する者が多数であつたり、あるいはその侵害が秘かに行われるなどのため、特許権者において侵害者を確知することが困難なことにかんがみ、いわゆる特許権の間接侵害として新特許法においてこの規定が新設されたのである。しかも、右の規定は、旧特許法改正のために通商産業大臣の諮問機関として設けられた工業所有権制度改正審議会の通商産業大臣に対する答申の中では、特許物の組成物件等を「その特許権を侵害する目的を以て、又は主としてその特許権の侵害に用いられることを知りながら、製作、販売、拡布又は輸入した者はその特許権を侵害したものとみなす」という規定を設けていたのをそのまま採用せずに右答申の主観的要件を全部削つて前記の客観的要件のみに限定して、設けられたものであることは、当裁判所に顕著な事柄である。右のような立法の経過を考慮に入れ特許法一〇一条を一〇〇条との関連において統一的にみるならば、単に他人の特許権の実施に使用されるべき物の製造販売行為自体は、それが「その特許権を侵害する目的をもつて、または、主としてその特許権の侵害に用いられることを知りながら」なされても、これだけでは特許権を侵害するものまたは特許権侵害のおそれあるものとして、侵害の停止または予防請求をなしうる場合に該当しないことを示すものというべきである。

(ロ)  ところで、これを本件において、被申請会社と加工業者との関係について考えると、(疎明省略)被申請会社積水化学は可膨張性ポリスチロール微粒物の製造について研究完成し、これをスチロピーズと名付けて業界に積極的な宣伝を開始し、この工業的製造ならびに販売のために設立された被申請会社積水スポンヂの発足してからは、同被申請会社において昭和三五年三月からこの製造を開始し、この販売代理店として三菱商事株式会社、日綿実業株式会社、墨水産業株式会社、長瀬産業株式会社、第一商工株式会社の五社を決定し、これらの販売代理店を通じて市販するにいたつていること、スチロピーズの販売取扱数量は、墨水産業株式会社が他の販売代理店の取扱量に比較して多く、右墨水産業株式会社の発行済株式数一二〇万株(額面五〇円)のうち二〇万株を被申請会社積水化学が保有しており、右墨水産業の取締役の一人は被申請会社積水化学の常務取締役を併任していること、また、被申請両会社の発行したパンフレットには、右スチロピーズの使用法として従来の方法により成形加工することができ、この成形加工の方法には一次発泡としてバッチ法、連続法などの方法があり、発泡成型(二次)として、プレス法、オートクレーブ法、連続法等いろいろの方法がある旨説明し、かつ成形工程の説明図にはスチロピーズの加熱発泡(一次発泡)、乾燥貯蔵、発泡成形という工程の順序を示していること、スチロピーズの使用に関し特許侵害の問題を生じたときは被申請両会社において処理解決する旨のパンフレットを発行していること、加工業者から消費者等に宣伝用等のため拡布されるスチロピーズのカタログは被申請会社積水スポンヂにおいて取りまとめて印刷し、カタログ裏面の下部に積水スポンヂ株式会社指定工場または代理店の肩書を加工業者に許していること、スチロピーズの加工業者のうち現に愛知県下所在の大丸産業株式会社においては、スチロピーズを予備発泡させて後、型に入れて加熱発泡させ、本件特許方法の成形加工工程と同一の方法によりポリスチロールの多孔性成形体を製造しており、同会社工場には「墨水産業株式会社スチロフォーム中部製造元工場」と書かれた木札が掲げられてあること、以上の事実が疎明される。

(ハ)  しかしながら、右事実を証人(省略)のつぎの証言内容、すなわち被申請両会社と加工業者との間には直接資金関係もなく、スチロピーズの販売も前記三菱商事外四社の販売代理店を通じて行われ、被申請会社側から直接加工業者に販売することもなく、いわんや加工業者を支配するとか指揮をとるとかいう立場にもなく、ただ製造者としてのサービスからスチロピーズの使用法について助言する程度のことで、その用途、成形加工の方法についても本件特許の方法による以外に別の方法もあるので(この点の詳細は後に認定のとおりである)、加工業者である顧客においてスチロピーズをいかなる用途に使用するか、またはいかなる方法で成形加工するかは専らその有する設備と経営内容に従つて独自の立場で決定されているものである旨の証言と対比するとき、右の事実があるというだけでは直ちに被申請両会社とそのスチロピーズを使用して多孔性成形体を製造する加工業者との間に、相互に意思の連絡があり、多孔性成形体の製造を共同して実施していることを疎明する資料として不充分であり、前記(省略)中大丸産業株式会社が墨水産業株式会社の勧誘助力により設立されたこと、大丸産業株式会社の設備資材資金が墨水産業株式会社の支払い手形により融資されていることを内容とする記載部分、ならびに、(省略)中墨水産業株式会社の大阪営業所が被申請会社積水化学の本社と同一場所に存在し、墨水産業株式会社の名古屋支所が被申請会社積水化学と同所同ビル内にあるとの記載部分は、いずれも本件口頭弁論の全趣旨から直ちに措信し難く、他にこの事実を疎明するに足りる資料はない。

(ニ)  以上のような事実関係にある本件においては、仮りにスチロピーズの製造工程が本件特許方法の一次工程たる可膨張性ポリスチロール微粒子の製造方法と抵触し、これを使用して本件特許発明の二次工程たる成形加工方法におけると同一の成形加工の工程を実施することが、特許権の侵害を構成するものとしても、(また、スチロピーズの製造販売を被申請両会社が共同して実施しているものとしても)被申請両会社が加工業者と共同して特許権を侵害するものといえないのは勿論、その侵害のおそれあるものとすることもできないのであるから、特許権侵害の停止、または予防請求として、被申請会社に対しスチロピーズの製造販売等の差止めを求めることができないのは、前説示に照し、明らかなところである。

また前認定の事実関係よりすれば被申請会社は加工業者に対し、スチロピーズを販売するにあたり、本件特許方法と同一の方法により成形加工することを教唆していることは一慨に認め難いのみならず、かりに加工業者大丸産業株式会社との間で右の如き教唆関係が認められるとしても、これを理由に特許権侵害の停止または予防請求として被申請会社積水スポンヂに対し、右スチロピーズの製造販売の差止め等を求めることができないことはすでに詳論したところから、自ら明白であるといわなければならない。

(二) 申請会社の均等物、均等方法、迂回方法ならびに利用発明(従属発明)の主張に対する判断。

(1) 均等物、均等方法、迂回方法はいずれも他人の特許発明との同一性、延いては他人の特許権の侵害態様に関する慨念であり、利用発明を実施することを前提とする慨念であるから、先行の他人の特許発明が数次の工程の結合よりなる発明であるとき、特定の発明が右工程の一部とのみ関係を有し、その限りで同一であるかどうかの問題を生じても他の工程とは全く無関係である場合は、その発明はすでに他の工程を欠く点で同一性がなく、従つてその実施は他人の特許発明を実施することにならないのであるから、特許権の侵害を生じないのであり、その限りにおいてその発明につき均等物、均等関係、迂回関係、利用関係を論ずる余地もないが、その発明が具体的な実施態様において、先行の特許発明の全工程と関係をもち、その範囲を同じくするときは、その具体的な実施が先行の特許発明に牴触し、その特許権を侵害するものであるか、どうかの判定手段として、右の諸点が問題とせられることあるは、いうまでもない。

本件において、申請会社の特許権の侵害と直接関係があるのは、被申請会社積水スポンヂの実施するスチロピーズの製造販売の事実だけであり、右は本件特許発明の方法の一部に相当する工程すなわち、ポリスチロールから可膨張性ポリスチロール微粒物を造る段階の工程のみに関するものであり、また後記積水法も専ら右微粒物を造る方法に関し、右微粒物を対象とする二次の工程、すなわち成形加工の工程を実施していないことは、すでに認定したとおりであつて、この限りでは本件特許発明との牴触は生じないのであるから、被申請会社の右スチロピーズの製造方法、すなわち積水法が、本件特許発明の方法と均等かどうか、迂回方法かどうか、利用関係に立つかどうかを判断する必要もないこと前叙のとおりであるが、いまかりに、前認定に反し、被申請両会社が、可膨張性ポリスチロール微粒物を造る工程のみならず、さらにこれを使用して、自らまたは加工業者と共同して本特許方法と同一の成形加工工程を実施し、または実施するおそれがあるとしても、申請会社の右主張は後記の如くいずれも採用し難い。

(1)  均等物、均等方法

申請会社は、本件特許方法に使用されている発泡剤ペンタンも、被申請会社の積水法に使用されている発泡剤プロパンもともに「パラフィン系炭化水素の同族列」に属し、積水法はペンタンをプロパンという均等物と置き換えただけで、両者発明の性質および目的を同じくし、本件特許権の効力範囲に属すると主張するので、按ずるに、

(イ)  (積水法の内容)被申請会社積水スポンヂがその奈良工場で実施している可膨張性ポリスチロール微粒物スチロピーズの製造方法(積水法という)についてみると、(疎明省略)によれば、積水法は、ポリスチロールを微粒状にし、こはを加圧釜(オートクレープ)中において分散剤の水溶液中に浮遊分散させ、その分散剤水溶液中に溶剤としてテトラクロールエチレンを添加した後プロパンガスを圧入し、加温加圧下に六ないし一〇時間保持して、プロパンガスをポリスチロール微粒物に吸着させ、吸着の済んだ後に温度および圧力を下げて目的物を分散剤水溶液から分離して可膨張性ポリスチロール微粒物を得る方法であり、この方法においてポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与する役割を果す膨張剤(発泡剤)に相当する物質はプロパンであることが疎明される。

(ロ)  本件特許発明の方法と積水法とを比較すると、両者はともにポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与し、可膨張性ポリスチロール微粒物を得るという点では同一で、膨張能力を賦与させる膨張剤の選択の点で、一方が特定の易揮発性有機液体を選択するのに対し、他方がプロパンを選択する点に主要な差違があるわけである。申請会社が製造販売するスチロポールは膨張剤としてペンタンを使用していることは、(疎明省略)により疎明され、ペンタンが常温常圧のもとで液体の常態にあり、プロパンが常温常圧のもとで気体の状態にあり、両者は、化学上パラフイン系炭化水素の同族体であることは当事者間に争いのないところであり、かつ(疎明省略)によれば、パラフイン系炭化水素(メタン系炭化水素あるいは鎖式飽和炭化水素ともいわれる)の種類は非常に多いが、その分子式はいずれも、となり、ペンタンはC5H12プロパンはC3H8であつて、同族体の関係上たがいに性質が似通つていて、たとえばパラフイン系炭化水素の同族列では、各同族体はいずれも水に溶けにくく、有機溶媒(ベンゼン、エーテル、ガソリンなど)にはよく溶け、薬品におかされにくく、いずれも空気中で燃えるなどの性質が共通であることが疎明せられる。

(ハ)  右のように、本件特許方法もポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与するという作用効果を同じくし、かつ膨張能力を賦与する手段として使用される膨張剤がパラフイン系炭化水素の同族体であるという共通点をもつているのであるが、両膨張剤とも膨張力を発揮させるために利用されるのは、その物理的現象にあつて、化学反応によるわけでないこと後記のとおりであるから、両者が同族体であるからといつて、ただちに特許法上の等価性を肯定し難く、むしろ物理現象の面から等価性の有無が検討されなければならない。ところで、本件特許方法では特定の易揮発性有機液体が、成形加工工程のさいの加熱により気化が促進せられて体積の膨張を来し、これによつて軟化したポリスチロール粒子を膨張せしめる点に着目して右液体を膨張剤として選択利用する考案がなされたのに対し、積水法では、気体のプロパンガスが加熱によつて膨張し軟化したポリスチロール粒子を膨張させる点に着眼して、膨張剤としての利用が考案されたのであり、いわば、前者は気化による体積の膨張、後者は気体自体の体積の膨張を利用するものであること、前認定の本件特許発明及び積水法の内容ならびに弁論の全趣旨に徴し明らかなところであるから、ポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与するという作用効果は同一であつても、その効果の生ずる方法すなわち自然力利用の方法を異にするものというべく、従つてこれを実現するための両者の工程には、つぎのような著しい差異があるのである。すなわち、前記(省略)(特許明細書)によつて明らかな如く、本件特許方法では、ポリスチロール微粒物に発泡剤の易揮発性有機液体を含ませる方法としては、「液体に漬ける」とか、「混合液を注ぎかける」とかいう操作が用いられ、その外部的条件としては「摂氏三二度で三〇日間放置する」、「二四時間室内温度で放置する」とか「二四時間二五度で放置する」という方法がとられるだけで、圧力の使用を必要としないのであるが、このような操作を積水法におけるが如き気体の発泡剤に加えても、発泡剤は逃避してポリスチロール微粒物にこれを吸着させることができないのは明らかなところであり、それゆえにこそ積水法では、前認定の積水法の内容及び(省略)の証言に徴し窺われる如く、加圧釜内の分散剤水溶液中にポリスチロール微粒物を入れ、溶剤としてテトラクロールエチレンを添加した後、プロパンガスを圧入する方法をとり、これによつてプロパンがガス状のままポリスチロール微粒物に吸着し、しかも圧力を取り去つた常圧下でもプロパンが散逸せず、そのまま膨張能力を保有維持せしめるために特段の工夫がなされているのであつて、特定の有機液体をプロパンに置き換えただけの相違ではないのである。

以上の如く、本件特許方法も、積水法も、ポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与するという作用効果の面では同一であるが、右効果を生ぜしめる自然力利用の方法を異にし、従つてその実施工程にも著しい差異があるのであるから、両者は技術思想を異にする別個の発明であるといわなければならない。(昭和五、五、七大判、昭和二七、二、二六、審決参照)

そして、均等物、均等方法とは先行の特許発明の技術思想からみてある物質または方法が特許発明の技術要素と機能を同じくし、これを取り換えてみても同一の作用効果を生じ、いわゆる置換可能性のあることと、そのことが特許出願当時における平均水準の技術家にとつて、容易に推考しうる場合であることを条件として特許発明との同一性を認める概念であるから、技術思想の基礎たる自然方則が異なり、始めから発明として別個のものに属するときは、均等物、均等方法の慨念を適用する余地もないものといわなければならない。

しかのみならず、本件特許発明においては、その明細書で膨張剤としてガスを使用する方法もあることを指摘しながら、とくにその方法をとらずに特定の有機液体を膨張剤として選択使用することを明にしていること前認定のとおりであり、かくの如く発明者がとくに意識して除外したものにつき、均等物、均等方法の関係を認めて、特許発明の枝術的範囲を拡大し、特許権の効力を及ぼさしめるが如きことは、特許権の性質に反し、とうてい許されないところである。

そうであれば、積水法によつて得たスチロピーズを対象物質として、本件特許発明における成形加工工程と同一の方法を実施したからといつて、均等物、均等方法の関係を生ずるに由なきは論なく、従つて、工程結合の発明につき、一つの工程を欠くものとして特許権の効力は及ばず、その侵害にならないことは、前説示のとおりであるから、申請会社の前記主張はとうてい採用し難い。

もつとも本件特許発明の一次工程たる膨張能力賦与の方法は公知に属し、特許の主眼点が二次工程の成形加工工程にあること前認定のとおりであるから、もし特許発明の二次工程と同一の方法を実施し、公知の一次工程について均等物、均等方法の問題を生ずるに過ぎないような場合は、特許要旨における右の如き主従の関係をも考慮し、全体的な観点から均等関係の有無を評価すべきであることは否定し難いが、この点を勘案しても前記結論を動かすに足りない。

(2) 迂回方法

申請会社は、積水法において使用される分散剤、テトラクロールエチレンおよび圧力は、本件特許発明の方法に無用の物質、工程を付加する迂回方法に過ぎないと主張するが、迂回方法とは、先行の特許発明と本来その技術思想を同じくするものでありながら、その特許保護の範囲より逸脱せんとして、特許発明に無用の物質、工程を加え、徒らに迂回の途をとるだけで、結局発明としては同一に帰すべき関係にあるものをいうのであるから、両者の技術思想が根本的に異り始めから別個の発明に属するときは、もはや迂回方法を以て律すべき余地がないのである。ところで、本件において、積水法がポリスチロール微粒物に膨張能力を賦与するために用いる方法は、本件特許発明の方法とその技術思想を全く異にする別個の発明に属し、それゆえに申請会社主張の分散剤、テトラクロールエチレン、圧力等の使用が必須の技術的要件とされていること前認定のとおりであるから、積水法が本件特許発明と同一に帰すべき関係にあることを前提として、これらの物質、工程を無用視する申請会社の前記主張は、右説示に照し、失当であるこというまでもない。

(3) 利用関係

申請会社は、積水法が新規な発明であるとしても、本件特許発明を利用するものであるから、申請会社の実施許諾をえない以上、本件特許権を侵害するものであると主張する。

ところで、利用発明とは、先行発明の特許要旨に新な技術的要素を加えたものであり、従つてその実施が当然先行発明の実施を伴うものをいうのであるから、利用発明は先行発明の特許要旨全部を含み、これをそつくり利用したものでなければならないのであつて、本件の如き方法の特許にあつては、出発物質、手段、目的物質の三が特許要旨を構成しているのであるから、利用発明には、先行発明の右三要素が全部含まれていなければならないのである。そしてこのような利用関係は必ずしも発明相互間に限られないのであつて、特定の発明の具体的な実施態様と先行発明との間においても、同様な関係が生じるのである。例えば、特定の発明が先行発明の工程の一部を利用実施する内容のものであつても、その具体的な実施態様において、先行発明の残余の工程をも合せて実施するものであるときは、その具体的な実施態様と先行発明との間にやはり利用関係が生じうるのである。そして、いずれの場合でも原特許権者の許諾なくして実施することは、特許権の侵害を生ずる点において揆を一にするのである。

もつとも、特許法九二条により、原特許権者に対し実施権設定の裁定請求ができるのは、利用発明が特許せられた場合に限られるのであつて、利用関係全部につき右の如き請求権が認められるわけでないが、さりとて、特許法七二条を制限的に解し、同条により原特許権者の許諾がなければ実施できない利用発明を特許を受けたものに限定し、その余の利用関係に基く実施を放任するが如き解釈は失当であること勿論であつて、この点に関する被申請会社の主張は採用できない。

この観点より本件をみるに、積水法自体と本件特許発明とはその枝術範囲を異にしその間に利用関係の生じないことはいうまでもないが、積水法の実施にあたり本件特許発明の成形加工工程を施すときは、積水法が右工程を発明内容に含む場合と同様、その具体的な実施態様と本件特許発明との間に、利用関係を生じうること前説示のとおりである。従つてこの場合を想定して両者の関係をみるに、両者はその出発物質がポリスチロールであり、目的物質がポリスチロールの多孔性成形体である点において同一であり、先行発明の二要素を含むとしても、他の要素たる手段については、出発物質より可膨張性リポスチロール微粒物を得る差異があり、それも本件特許発明の技術的要素を加えたといつた程度ではなく、根本から技術思想を異にし、とうてい原特許の手段を利用実施するものといえない関係にあること前認定のとうりであるから、成形加工方法が同一であつても、本件特許要旨の全部をそつくり使用するものでなく、この点よりして利用関係があるものとはなし難い。従つて右利用関係の存在を前提として、申請会社の実施許諾なき限り、本件特許権の侵害行為を構成するものとする申請会社の所論は採用できない。

五、(特許権侵害その二、特許法一〇一条二号に関する主張に対する判断)

(一) 特許法一〇一条二号は「特許が方法の発明についてされている場合において、その発明の実施にのみ使用する物を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のため展示し又は輸入する行為」をその特許権を侵害するものとみなす旨規定し、ここに「その発明の実施にのみ使用する物」とは、方法の発明の実施に必要な機械器具、施設、素材等を指すのであるが、本件の如く、数次の工程段階よりなる方法の特許発明にあつては、中間工程ににより得られる中間物質も亦右に含まれると解すべきである。しかしながら、中間物質の製造工程が特許発明と異り、別個の方法に属するときは、その中間物質が両者同一であつても、右にいわゆる「発明の実施にのみ使用する物」には該当しない。けだし、同条はいわゆる特許権の間接侵害に対する保護規定として、同条所定の「物」が特許方法の実施に使用され、特許権を侵害するに至る場合を前提としているのであるから、中間物質の製造工程が特許方法と異り、これを対象物質として特許方法の他の工程を加えても、特許発明の実施とならず、従つて特許権の侵害を生じない場合は、同条によつて保護すべき必要は毫もないからである。

そうであれば、積水法による可膨張性ポリスチロール微粒物即ちスチロピーズの製造工程が本件特許方法と異ること前認定のとおりである以上、右スチロピーズを以て本条の適用ある中間物質とすることできない。(被申請人はスチロピーズの組成要件の相違から右中間物質たることを否定するのであるが、本件の如き方法の特許にあつては、特許法上の効力は中間物質の組成要件にまでは及ばないのであるから、被申請人の右所論は採用しない。)かりに、この点を考慮の外におき、スチロピーズが本件特許方法における中間物質に相当し、これを対象物質として特許方法における成形加工工程を施すことが、本件特許発明の実施に該当するとしても、右スチロピーズを以て本件特許発明の実施にのみ使用するものといい難いことは、後記のとおりである。

(二)  いま、その所以を詳述すれば、まずスチロピーズの如き可膨張性ポリスチロール微粒物を使用してポリスチロールの多孔性成形体を製造する方法につても、本件特許発明の方法に限られてはいないのである。すなわち、すでに認定した英国特許第六〇五、八六三号の如く、可膨張性ポリスチロール微粒物を型に入れて最終製品を縮少した半加工品を造り、これを加熱膨張させて最終製品より大きい寸法に膨張させた後熱プレスによつて最終製品である所望の成形体を得る方法があるほかに、スエーデンのイゾレリングス・アクチポラゲット・ダブリュ・エム・ビイ(以下イゾレリンクス社という)がわが国に特許出願した、合成熱可塑性材料の多孔体を製造する方法、すなわち、可膨張性ポリスチロール微粒物をあらかじめ膨張させ(予備発泡)、これを「両端が開きかつ移動無端ベルトによつて少くとも二つの側で限定された通路に送り」、この通路の初めの部分において蒸気のような加熱媒体と直接接触するよう露出することによつて更に膨張させ、その膨張によつて中に生じた圧力のもとで前記通路の部分内で凝結し、膨張する細粒がベルトに作用する内圧によつて凝結体の後方運動を防ぐ閉塞部すなわち停止部を少くとも部分的に形成し、そこでこのように形成された凝結体が結集して生ずる圧力減少で前記凝結体を次第に冷却し、それによつて前記通路からの出口で前記凝結体のそれ以上の膨張を防ぐ停止部を形成するように前記通路内で形成された隣接冷却部分を通らせることを特徴とする」多孔性成形体製造の方法(以下イゾレリンクス法という)もあり、また被申請会社積水化学が、昭和三三年二月一七日特許出願し、同三五年二月一一日出願公告決定を得た多孔性プラスチック成型品の製造方法すなわち、「押出成型機を使用して押出成型機には押出成型機内の加熱温度において気泡を生ずる発泡性プラスチックを供給し押出成型機先端には所望の成型品の形状に配列したる複数個の細狭押出間隙を備えた口金を付設し、発泡性プラスチックを前記複数個の細狭押出間隙より押出し発泡させ押出されたプラスチックスの表面がまだ軟化状態にある間に相互に融着集束せしめて所望の形状となすことを特徴とする多孔性プラスチックス成型品の製造方法」(以下積水押出法という)において可膨張性ポリスチロール微粒物を使用して押出成形することのできる方法のあることが、(疎明省略)によつて疎明される。

また、更に可膨張性ポリスチロール微粒物は、多孔性成形体の製造に使用する以外に、これを一次気泡化した粒状のままで、これを冷蔵庫の断熱材として使用する方法もあり、現にスチロピーズの月産量中一〇トンないし一五トンは、日立製作所においてこの用途に使用されていること、更に一次気泡化した粒状のものを、建築用の絶縁材や空隙の充填用材に使用したり、あるいはセメント、砂、水とともに混合して軽量コンクリートとして建築材に使用する等の方法もあることが、(疎明省略)疎明される。

(三)  申請会社は、右イゾレリングス法、積水押出法はいずれも本件特許発明の方法における成形加工の工程の構成要素である「閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型」を利用するものであり、いわゆる従属発明あるいは利用発明として申請会社の実施許諾がなければ独立して実施し得ない方法であるから、このような方法があるからといつて、可膨張性ポリスチロール微粒物を本件特許発明の方法の実施に使用し得る物といえないと主張する。なるほど、利用発明は原特許発明を実施するものであり、従つてまた原特許権者の実施許諾を必要とするのであるから、利用発明の実施に使用できるからといつて、原特許方法以外の用途に使用できる物であるといえないことは所論のとおりであるが、(もつとも右イゾレリングス法も、積水押出法も、本件特許発明の要旨全部をそつくり利用するものでないから(膨張能力賦与の一次工程を欠いている。)、申請会社の実施許諾を必要とする利用発明とはいえない。従つて、申請会社の右主張はスチロピーズの製造方法が本件特許方法の一次工程と同一であるとし、これにイゾレリングス法、積水押出法の成形加工工程を加える場合における具体的な実施態様が、本件特許発明と利用関係に立つことを前提として成り立つ所論であることは暫くおく。)イゾレリングス法における上下左右の無端ベルトで囲まれた通路も積水押出法における押出成型機の形状調整のための口金(フォーミング・ダイ)もともに上下左右の四方が閉されていても、前後二方が開かれていて、その入口には予備発泡物を送り、出口から本発泡済の成形品が連続的に送り出される装置となつており、前記各装置自体の前後が開放されていて閉鎖されていてないこと前認定のとおりであるから、これをもつて「閉鎖し得るが気密に密閉し得ない型」を利用実施するものとはいい難く(疎明省略)によつても右認定を左右するに足りない。従つて、両者の成形加工方法をスチロピーズに実施することを以て、本件特許発明を実施する利用関係に立ち、申請会社の許諾を必要とするものとはいえない。もつとも(疎明省略)によれば、イゾレリングス社はその本国であるスエーデンにおいても、多孔性成形体の製造方法について特許を有し、この方法が「孔のあいた無端ベルト」を使用すると記載されている以外の点で前記日本特許のイゾレリングス法と同一の方法であり、イゾレリングス社はこの方法につき申請会社の有する特許権の従属発明であることを認めて、この方法に使用する可膨張性ポリスチロール微粒物をすべて申請会社の製造するスチロポールを使用していることが疎明されるが、特許権の技術的範囲、利用関係の有無は私人間の契約によつて左右される問題ではないのであるから、右の如き契約があつても、何ら前示判断の支障にはならない。

また、申請会社は、積水押出法における押出成型機に、可膨張性ポルスチロール微粒物を使用することはその微粒物の特質を殺し本来の用法に反すると主張するが、前示判断を覆し、これを疎明するに足りる資料はない。

(四)  さらに申請会社は、スチロピーズの一次発泡物を成形加工することなく粒状のまま使用する方法についても、可膨張性ポリスチロール微粒物の本来の用法に反すると、主張するが、可膨張性ポリスチロール微粒物の一次発泡物が現に冷蔵庫の断熱材などに使用されていることはすでに認定したとおりであり、この使用方法も可膨張性ポリスチロール微粒物に与えられた膨張能力を発揮させて使用する方法(一次発泡は、予備発泡と異り、用途に応じ膨張能力を発揮させる場合も含むのであり、ただ成形体に加工しない関係から一次発泡と呼ばれていることは前記(省略)及び弁論の全趣旨から窺われる。)であるから、これをもつて本来の用法に反する使用方法ということはできない。

(五)  以上認定の事実から明らかなように、可膨張性ポリスチロール微粒物は、これを成形加工するについても、本件特許発明の方法による以外の方法があり、更に一次発泡した組粒をそのまま使用する方法もあるから、可膨張性ポリスチロール微粒物をもつて、特許法一〇一条二号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」ということができないのである。してみると被申請会社積水スポンヂが可膨張性ポリスチロール微粒物たるスチロピーズの製造販売をしたからといつて、右法条にいわゆる間接侵害に触れるものとはいい難く、これを理由に右製造、販売の差止め等を求めることはできないのであつて、申請会社のこの点に関する主張もまた採用することができない。

六、結 論

以上の次第であれば、申請会社の本件仮処分申請はその被保全権利を欠き、この存在を疎明するに足りる資料のないことに帰し、しかも本件では保証を以て疎明に代えることも相当でないから、更に仮処分の必要性の有無の判断をまつまでもなく、本件仮処分申請は理由がないからこれを却下すべきものとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第一民事部

裁判長裁判官 金田宇佐夫

裁判官 大久保敏雄

裁判官山下巌は転補につき著名捺印することができない

裁判長裁判官 金田宇佐夫

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